694 最終予選
一斉に試合場で爆発が相次いだ。
ふわふわと浮遊する、青白く光る半透明の球体は、出場者に一部でも触れると途端に爆発するのである。
触れられた者は衝撃で吹き飛び、一気に戦闘不能に陥るケースも多く見られた。
爆発した球体は煙が晴れると再び同じ場所に漂っていて、次の犠牲者を求めて近寄って来るのである。
「ファズボールって言った? こいつに物理で殴り掛かっていいん?」
「いや、待てレッキス! 我等にはもっと適した対処法がある」
ウィペットはレッキスを押しとどめるとシャマンの方を見た。
「うぇッ、オレか?」
「剛力駆動腕甲の拡張器具五番の〈ナパーム・フレイム〉だ」
「なるほど炎か。だがウィペット、今換装してるのは一番の〈メガトンクラブ〉と二番の〈スパイダー・ウェブ〉だぜ」
「用意はしてあるだろう? 急いで換装してくれ。防御に専念して時間を稼ぐ」
「わ、わかった」
言われてシャマンは背中のバックパックを降ろし中身をまさぐる。
すると先に別の場所でも火の手が上がった。
天を衝くような火柱が上がり、その火でファズボールが消滅したのを周囲も目撃した。
火柱の元にはフルフェイスで顔を隠した三人の女がいた。
何故女とわかるのか。
三人とも小柄で身体のラインがはっきりとわかるボディスーツを着ていたためだ。
それぞれが違う色のスーツを身に着けていて、黒一色の女、青一色の女、そして赤一色の女だった。
赤一色の女が火柱に向けて右手を振ると、炎はすぐさま消えてしまった。
後には消し炭となったファズボールの残骸だけが、地面に落ちて粉々に散った。
「なんだよ炎で一発か」
その光景を見たアマンは早速自身も両手をかざし、眼前のファズボールに向けて火の玉を発射した。
この程度の火であれば、わざわざ全身から炎を噴き出すホムラガエルにならなくても撃てる。
そうして勢いよく射出された火弾はしかし、ファズボールにヒラリと躱され明後日の方向に跳んでいった。
「危ないレオン!」
剣を躱され背後を取られた犬狼族の剣士レオンベルガは、相棒のロットワイラの発する警告の声に振り向いた。
目の前で爆発が生じファズボールが焼失する。
襲い掛かろうと迫っていたファズボールに横合いから飛んできた火の玉が当たりったのだ。
「ん? ん? なんだ? 倒したのか?」
「よくわからんがラッキーだぜ」
レオンベルガとロットワイラの二人は額の汗をぬぐいながらも大声でガハハと笑った。
「あれ、避けられた? くっそぉ」
頭に血が上ったアマンは、いっぺんに五つの火の玉を作ると一斉に撃ち出した。
「これならどうだ」
火の玉の熱が空気を揺らすため、力なく空中を漂うファズボールがより躱しやすくなっているのだが、アマンにはファズボールがヒラヒラと上手く躱しているようにしか見えない。
五つ全ての火の玉が躱されるとアマンのイライラは頂点に達した。
「ムキーッ!」
「猿みたいにキレるな。みっともないぞ」
各地でアマンの火の玉が爆ぜる音を聞きながらジャックが諫める。
「そもそもこんな奴に手古摺るな」
プスッ
「え?」
「終わったぞ」
灰猫のジャックがひらりと地面に降り立つと、その足元にファズボールがしおれた姿で落下した。
まるでしぼんだ風船のようにくたくたになって動かなくなっていた。
「この手の生物にも必ず身体のどこかに核と呼べる場所がある。そこを見極めるのが肝心だ」
「なにか突いたような音がしたけど」
「これだ」
ジャックが細長い白木の杭を見せた。
まるで針のように細い。
「そんな細いので……」
「大したことじゃない。周りでも対処できてる奴らは結構いるようだぞ」
そのときより大きな炎が上がった。
シャマンのパワードアームによるものだ。
派手な退治に観客が沸いているのがわかる。
「ちぇッ。派手な奴がいるんだな」
アマンのすねる声が聞こえたわけではなかろうが、ファズボールが駆逐されたのを確認して妖精女王は次の一手を発動した。
「もっと派手な奴をぶつけてやろうか」
あくどい笑みを顔いっぱいに広げて女王は立ち上がった。
「次は最終予選じゃ。心してかかるがよい」
すると今まで各チームを隔てていた珊瑚の檻が震え出した。
怪しく動き出すと同時に表面が水気を帯びてヌメリ出す。
「全員でな」
試合場に張り巡らされていた珊瑚の檻が一斉に動き出した。
それは巨大な柱が林立し、折り重なるように絡み合っていたのだが、一本一本がのたうつ大蛇のように暴れ始めた。
戦士たちはたまらず回避行動に専念するが、狭く密集した試合場の上で激しい動きを見せる丸太のような柱の動きに恐怖を覚え、身をすくませる者、恐慌をきたす者、果敢に立ち塞がろうとする者、その多くが跳ね飛ばされ、または押し潰されていった。
そして地響きが大きくなると試合場の中心、地面がひび割れ大きな穴が開く。
そこから巨大な生物が姿を現す。
珊瑚の柱はその生物の身体の一部。
柱ではなく足なのだ。
無数の足と触手、触腕を打ち振るう巨体が姿を現す。
「クラーケン! いや、ただのクラーケンじゃありやせんよッ、あれは」
客席のラゴが目を見張る。
彼曰く、クラーケンは海王類の中でもトップカテゴリーに属する怪物で、一見すると巨大なイカやタコを彷彿とさせるものだが、深海に生息する彼らに目をつけられて無事に大洋を渡ることができる船は皆無。
決して出会いたくない海の化け物であることは間違いない。
「そのクラーケンですら可愛く思えるほどですよ! リオ、あれがなんだかわかるか?」
ラゴは隣に座るリオに問いかける。
察しがついているのだろう。
リオの顔面も恐怖で蒼白であった。
「なんじゃ? あれはどういった奴なんじゃ?」
一緒に観戦しているクルペオですらリオの顔色を窺い不安を覚え始めていた。
「あれはクラーケンの亜種……いえ、あきらかに上位種だと思います」
「上位……」
クルペオの他にメインクーンとミナミも同席している。
彼女たちでもあの怪物がそのクラーケンより強いのだろうというのはラゴの言葉からも察せられた。
「ここはコランダム直上のレジン山脈内に造られた会場です。あのクラーケンは深海どころか内陸の山地にまで、地中を介して現れました。おそらく奈落の海獣アビス・クラーケン。レジェンダリー級のモンスターです」




