692 予選第一回戦
妖精女王ティターニアの隣に立ったのは、これまた煌びやかに飾り立てた藍姫のサチであった。
深海の青を思い起こさせる、喰らいながらも神秘的な色合いのドレスをまとい、真珠や貝の装飾品で着飾っている。
暗い水面に映る銀色の月のように、はかなげな美しさをまとっていた。
だが試合会場を見下ろすサチの目はひどく冷めていた。
そこに十代の少女の面影は見えない。
それを確認できたのは視力が抜群に良いごく一部の者だけだが、そうでなくとも立ち姿から発する異様な圧は誰しもが感じ取れた。
「どうです、藍姫。なかなかの猛者がそろって居ろうかと」
「あの中から勝ち残った者が……」
「あなた様のパートナーとなりますのじゃ」
微笑む妖精女王にサチは一瞥もくれない。
黙って集まった戦士たちを見つめ続けた。
「どなたかお気に入りは見つかりましたか?」
サチは沈黙したままプイ、と顔を反らすと、後ろに下がり用意された豪華な座席に腰を下ろす。
すぐ後ろにはいつものようにユカとメグミ、二人の戦闘怪人が付き従っていた。
「誰でもいい。強ければ」
一言サチはそれだけを口にした。
女王は満足そうに頷くと戦士たち、そして観衆の見える位置に進み出た。
「これより大闘技会キングストーナメントの開会を宣言する」
その一声に大きな歓声と拍手が会場を包んだ。
「それでは早速予選を開始する」
女王のその言葉をきっかけに、突如出場者たちのいる試合場が大きく揺れ出した。
さすがに集まったのは猛者ばかりなので、大きく動揺したり体勢を崩す者は少なかったが、しかし間欠泉が噴き出すように、地面が割れて幾つもの柱が飛び出してくるとそうとばかりは言えなかった。
勢いよく飛び出してくる柱をどうにか避けているうちに、それが各チームごとに選り分ける檻であることが分かった。
「なんだあ、これは?」
「閉じ込められたのか」
チームごとにひとつひとつの檻に閉じ込められたのだが、各々の広さは縦横三メートルほどだ。
高さはもう少しあって五メートルはあるように見える。
「これは、珊瑚か?」
檻の材質を観察している者もいれば、
「こなくそッ」
力自慢の戦士が持っていたハンマーを思い切り叩きつけてみる。
しかしその打撃音をあざ笑うように反響させるだけで、ヒビひとつ入りはしなかった。
「予選第一回戦じゃ」
妖精女王の合図に応えて各檻内に突然光と衝撃が発生した。
水滴を含んだ生ぬるい風が檻の中に吹き、光がおさまるとそこに見眼麗しい半裸の女性がうずくまっていた。
女性は若いニンゲンであり、それぞれ髪の色や長さ、肌の色は違って見えるが、誰もが疑いようもなく美しい。
それぞれの檻の中に突然出現した女たちは、さめざめと泣きながら目の前で狼狽える戦士たちに縋り付いた。
「戦士さま、お助けください」
「わたくしはあそこにいる女王の奴隷でございます」
「ああ、なぜこのような場所に……」
「どうか哀れなわたくしどもをお救いください」
美しい女性に抱き着かれてますます混乱する戦士たち。
その模様を見ている観衆も状況が呑み込めずにいる。
「そうか。哀れなものだな。救ってやらねばなるまい」
ひとつの檻の中でひとりの戦士がそう言った。
図体がでかく、竜の頭に羽と尾を持つ。
その檻の中にいた出場者は竜人族の三人組であった。
「ああ、感謝いたします。戦士さま……」
「フンッ」
それはあっという間であった。
ズメウの大男が女を立たせると、突然に両手で頭を握りつぶしてしまったのだ。
緑色の血が飛び散り、女の頭はつぶれた果実のようにグシャグシャになっていた。
「ぎゃあッ」
それと同時にあちこちの檻から悲鳴が巻き起こった。
哀れな雰囲気の女に抱き着かれていい様にさせていた何人かの首から鮮血がほとばしっていた。
「馬鹿なやつだね。キィッヒッヒ」
美しいと思っていた女たちの形相が醜く歪み、残虐な笑みをこぼす。
見れば手指は長く鋭い爪を伸ばし、下半身には魚のうろこがびっしりと生えている。
「ああ、あれはメロウだ! 魚人族の中でも人を騙して襲う邪悪な人魚ですぜ」
客席にいたラゴが隣にいる仲間たちに教えていた。
「レッキスさんは? どこの檻だ?」
「落ち着けラゴや。レッキスがあんなだまし討ちにやられはせん」
クルペオがそう言って試合場の一点を指差した。




