691 九人足りない
夜が明けて、ついに予選が始まった。
大闘技会キングストーナメントのために新設された特設会場には、数百人の大会出場者が集まっていた。
昨夜日付変更時に大会エントリーが締め切られ、先ほど大会運営本部より参加人数が百八十九チーム、総勢五百六十七人であることが発表された。
この数字はもちろん大会史上最多である。
過去十一大会開催されたが、そのどれもが個人戦であった。
今大会はレギュレーションの変更により、三人一組での参加が義務付けられている。
過去、最も多い参加人数を誇った大会でも百五十人に満たなかったことを思えば、今大会がどれだけの注目度を持って迎えられたかが窺い知れるだろう。
チーム戦となることで個人の力量差を埋めることができる。
そう考えた者も多いからこその最多人数であろう。
そのための数合わせに参加を強制された者もいるかもしれない。
個々の事情はともかく、結果として大会は参加者のエントリー代だけでも過去大会を超える結果となったのだ。
予選が行われる時刻、参加者は会場に集められた。
鉱山都市コランダムの直上にそびえるレジン山脈を切り開いた会場には、早くも大勢の観客が押し寄せていた。
試合内容はコランダムの街中に設置されたいくつもの巨大スクリーンにも投影される。
これは今大会から盛り込まれた仕組みのひとつで、貴重な魔道具〈中継の水晶〉を多量に用いた試みである。
大変貴重な代物だが、仕組みは至ってシンプルで、巨大な水晶に遠方の様子を覗き見れる遠見の術技が付与されている。
かつて鉱山を掘り起こしていた際に発掘された古代の魔宝であるのだが、この水晶を細かく砕き、いくつもの小片に分けて各地のスクリーンに設置したのである。
これはいわゆる受像機であり、試合会場には見たものを小片に送る親機が別に設置されている。
それは視力を強化したアーカムの改造人間である。
彼らは肉体の強度が戦闘怪人ケンプファーになるには適さなかった者たちで、主に情報収集を目的とした非戦闘員として感覚の強化のみを施された者たちである。
彼らの脳にも〈中継の水晶〉の小片が埋め込まれていて、彼らの見たものが各地に映像として同時中継を可能にするのである。
妖精女王ティターニアはこのシステムをえらく気に入り、今大会に向けて増産を指示した。
女王はこのシステムを〈ウィザード・アイ〉と名付け、その技術力、魔法力、利便性を誇示していた。
ことによっては莫大な利益を生むことまで予測してのことである。
このように会場に直接足を運ばずとも、コランダムの都市にいる限り、いやでも大闘技会の模様は各人に届くのである。
それでも予選が行われる試合会場は満員の客で埋まっていた。
初日からの盛況に女王の機嫌も良い。
主賓の座る特等席で参加者連中を見下ろしながら、今まさに、世界の中心で宴を張る悦に入っていた。
「ちえッ。高みの見物かよ。偉そうに」
その様子に見上げていたアマンが嫌悪感を吐き捨てる。
「それにしてもこれだけ参加者がいたとはな。これ全部と闘うことになるのか?」
アマンの周囲には彼よりも図体のデカい戦士たちが大勢ひしめいている。
みなそれぞれに自信をみなぎらせ、周囲にも敵意をほとばしらせている。
だが悲しいかな。
彼らに比べ小柄なカエル族のアマンは周囲の視界に入ってはいなかった。
侮られていたというよりも、存在を認知すらされていないと言った方が正しい。
それも仕方がない。
なんせアマンの仲間は彼以上に小さな者たちなのだ。
「これが全部じゃないでしょうよ。数が合わない」
「確かに。総勢五百六十七人と発表されたのに、この場には五百五十八人しかいない」
フクロウのオーヤと、灰猫のジャックがそろって異口同音した。
「え? お前、数えたの?」
「ああ。何度数えても九人足りない」
「何度も……」
ジャックの答えにアマンは閉口した。
この大勢でひしめいている人混みの人数を目視で数えたというのだ。
「アマン……闘いはもう始まってるのよ。ボヤッとしてないで」
オーヤが肩をすくめるわかりやすいジェスチャーでアマンをたしなめる。
「うるっせ。でもなんで人数減ってんだ? 逃げたか」
「ちがうよ。九人は招待選手枠だろう」
「招待、選手枠ぅ?」
「ああ。予選を免除された奴らだ。どんな奴らかは知らないがな」
そこはジャックも把握していないようだ。
ところでアマンはひとつ気が付いたのでジャックに聞いてみることにした。
「で、居たのか? オレたちのターゲットは」
全員を数えたのだ。
目標の人物がいたかどうかも確認できているはずだ。
「エリスだな。いや、見当たらない」
「見当たらない?」
よもやの回答にアマンは目を丸くした。
「おいおい、そいつがいないならオレたちが参加するのは何のためだよ」
ピエトローシュの冥界への穴から逃げた女吸血鬼エリスを追って、アマンはジャックにここまで連れてこられたのだ。
いや、正確に言えばここに用があったのはオーヤとシオリも同じで、オーヤに召喚された状態のままのアマンも来ざるを得なかった、という二重の枷が働いてはいるのだが。
「変装しているのかもしれない。だが間違いなくあの女は近くにいる。匂いがするのさ。血の残り香がな」
「犬みたいなこと言うな」
「オレはハンターだからな」
そして会場からどよめきが起こった。
誰もが主賓席の方を見つめている。
アマンもそちらに目を移した。
妖精女王の隣にうら若い乙女が立っていた。
この大闘技会のもうひとりの主役、藍姫のサチだった。




