688 ヴァンパイア・ハンター
「ああ、そうだ。オレを人はこう呼ぶ。ジャック・ザ・スレイヤーってな」
グレーの体毛に黄色く光る眼をしたスマートな猫が生意気そうにそう言った。
「それはわかったけどさ、そのお前がオレに何か用かよ?」
「用かよ? だって?」
パチンッ!
突然アマンの背後で石が跳ねる音がした。
一瞬そちらへ気を削がれたが、すぐに正面に向き直る。
「あ、あれ?」
しかしジャックの姿はそこに無く、あろうことかアマンの頭の上に鎮座しているではないか。
パシンッ!
「イテッ」
ジャックの尻尾がアマンの顔を打った。
「お前なあ、アマンさん。オレが何の専門か、さっき言ったろ?」
「ヴァ、ヴァンパイア……」
「そう。人はオレをヴァンパイア・ハンターとか、ヴァンパイア・スレイヤーとか呼ぶんだ」
いろいろ呼び名があるんだな、と単純にアマンは感心した。
いや、羨ましがったという方がらしいか。
「ここまで言えば察しがついただろ? お前さんが逃がした二匹のヴァンパイア、オレが退治を言いつかったのさ」
「誰に?」
「マグ王に決まってんだろう」
決まってる、なんて知るもんか。
アマンの顔がそう言っているのをジャックは察した。
ため息交じりに「いいか、よく聴け」と説明する。
「あの女領主エリスはマグ王と契約してピエトローシュにある冥界の穴の番人をしていたんだ。元々あの地は数百年前、エリスの領地でもあったしな」
マグ王はこの亜人世界においては〈冥界の支配者〉としてその職務を担っている。
魂を持った生命の輪廻転生を司る仕事だ。
「輪廻転生って?」
「生まれ変わることだ。話の腰を折るな」
アマンはマグ王の城の地下から小舟に乗って、ヌマーカに会ったことを思い出していた。
ヌマーカは光に包まれて、確かに言っていた。
「次の世界へな、、行くんじゃよ」と。
「だがヴァンパイアってのは不死の存在だ」
ジャックの解説は続いていた。
「しかも噛みついた者を同様に不死化させる。考えてもみろ。あいつが世界中の人々を不死化させたら?」
「冥界に死者が来なくなる?」
「そうだ! 輪廻の輪が崩れちまう。この世界のバランスが崩壊しちまうんだ」
ジャックが言うには、マグ王はそこで稀代の吸血鬼であるエリスを騙し、人里離れたピエトローシュに冥界への穴の番人として誓約を掛けたのだ。
「もちろんあの女吸血鬼は不満だったろうさ。だがマグ王のギアスは強力で、そう打ち破れるものではないんだ。ところが……」
はぁ、とジャックはため息をつく。
「わざわざあの場所で、高濃度のマナを爆発させた奴がいる」
ペシ、とジャックの肉球がアマンの額を打った。
「強大なマナの暴発が、マグ王の結界を霧散させちまった。あの地の精霊バランスが大きく崩れ、大地に繋ぎ止められていたはずのエリスの枷が外れてしまった。結果、あの女は姿をくらました」
「オレのせいじゃないだろ」
「たぶんエリスは強力な誰かがやって来るのをずっと待ってたはずだ。そしてそいつは現れた。かつての自分の領地を滅茶苦茶にした魔女と、白姫というこれ以上に無い者たちが」
最初からエリスの目的はオーヤへの復讐でも、血の渇きを潤す事でもなく、自由を得ることだった。
そのための犠牲に忠誠心の厚い下僕を切り捨て、大悪魔を召喚し派手に戦闘を起こした。
「お前さんはそれにまんまと利用されたんだよ。アマン」
「ええ? そうは言われてもなあ。いまいちピンとこないっていうか」
「世界はこういった微妙なバランスの上に立ってんだ。それを理解できない奴が、いつも利用され、損をする。お前さんにも吸血鬼退治、手伝ってもらうぜ」
「はあ?」
「オレの調べでエリスがコランダムへ向かったことが確認できている。派手好きで見境いのない女だ。おそらく大闘技会に参加して、より派手に、より多くの人々を吸血鬼にするつもりだろう」
「大闘技会だって?」
「参加するんだ。オレとお前で。あとひとりは誰でもいい。だが目的はエリス退治。わかったな?」
アマンは口をパクパクさせるだけで返す言葉が見つからない。
「ああ、それと忠告しとく。お前が一緒にいるあのフクロウな。マグ王の元にいる黒姫を狙っている。そのことを忘れるなよ」




