686 マブいって、どこの方言にゃ?
ラゴを案内役として、レッキスとミナミは鉱山都市コランダムの街区を見て回った。
かつては鉱山として栄えた街だが、現在では娯楽都市、商業都市、観光都市としての側面が強い。
「ここが大闘技会キングストーナメントの試合会場予定地ですな」
昼食を済ませた後、リオの牧場へ帰る前にレッキスの要望で試合会場を下見に来た。
「と言ってもまだまだ建築途中のようですがね」
関係者でもない三人は実際に試合が行われる舞台上には上がれなかったが、まばらに完成していた観客席から望むことはできた。
ここは山岳地帯に広がった街の中でも標高はかなり高い方だ。
周囲には立派な建造物がいくつも建てられ、中央の試合場を底として、観客席がすり鉢状に四方を囲っている。
「すごいいっぱいの人が入れそうだよね」
ミナミの言うとおり、完成すれば数万人が観覧できるだけの器であった。
「大会まで一ヶ月余り。楽しみなんよ」
「あのウシツノさんも出るんだってね。対戦したら勝てそう?」
「当ったり前よ! ぴょんぴょん跳ねるのが得意なのはカエル族だけじゃないってことを見せてやるんよ」
兎耳族であるレッキスの宣言は、いささか意味が分からない。
「なんとなくですが……」
そこでラゴが周囲を見ながら声を潜める。
「わたしらみたいに見学している連中の中にも同じ参加予定者がいるんでしょうね。例えば、ほら! あそこの三人」
ラゴが示したのは自分たちとは反対側の客席に並んで座る、三人の鳥人族たちだ。
茶系とグレーが混じり合った羽毛の三人だが、一様に剣士の出で立ちをしている。
「あれはクァックジャードじゃないですかね? バードマンの剣士と言えば大概そうです」
「にしては雰囲気最悪じゃない?」
眉をしかめるレッキスの言うことはよくわかる。
その三人は眼光鋭く、粗野で、周囲を威嚇するほどの粗暴さも見て取れる。
要するにガラが悪いのだ。
「私の知ってるクァックジャードはもっと騎士道精神あふれる奴だったんよ」
レッキスの声が聞こえるわけはない。
しかしその発言と同時にひとりの視線がこちらを向いて光ったように思えた。
「そろそろ引き上げやしょう。きっとあの三人は騎士ではないんですよ」
そそくさと席を立つラゴに続いてミナミも席を立った。
「レッキス?」
ミナミが声を掛けてからも、たっぷり十秒は動かなかったレッキスが不敵に笑いだした。
「ど、どうしたの?」
「あいつら、うちらのことを睨んでたよ。間違いなく」
「それでどうして笑えるのよ」
「楽しそうじゃないか」
からからと笑いながらラゴを追うレッキスを、ミナミも慌てて追いかけた。
決して反対側の客席は、もう見ないようにしながら。
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「ちょっとそれって高すぎないかにゃ?」
メインクーンは思わず不平をこぼしてしまったのを後悔したが、言ってしまったものはしょうがない。
盗賊ギルドに面通しに来たのだが、活動の許可を得る挨拶料を既定の三倍吹っ掛けられたのだ。
表向きは場末の酒場。
カウンターに立つごつい男が盗賊稼業を営む者の相手をする係だった。
正直言って、このギルドはメインクーンが知っている中でも最悪に近い。
酒場に一般客の姿は見えず、どいつもこいつもギルドの構成員であるのは明らかだ。
そいつら全員がメインクーンの動きひとつひとつを注視している。
盗賊には盗賊の、ギルドを介しての暗黙のルールというものがある。
だがそう言った決まり事も、ここでは何の意味もなさないのではないかと思わせた。
猫耳族の女盗賊がひとりで入り込んできて、無事に出て行かせてくれるのだろうか。
(無法には無法で応える覚悟はできてるけど……)
メインクーンの緊張を察したように、カウンターの男がドスの効いた声で払うのか、と問いただした。
「嫌ならこの街にいる間は聖人君子の立ち振る舞いでいるんだな。大闘技会が近付いて、この街に大勢の観光客が集まってる。それと同じぐらい同業者もだ。裏の治安を守るオレたちのコストが跳ね上がるのも当然だろう? これでも負けてやってんだぞ」
「あんたがマブいからさぁ。にへへへッ……ヘゲッ」
「は、はぁ……はは」
カウンター席で酒を煽っていた盗賊崩れが気持ちの悪いニヤケ顔で尻を触ろうとしたので、メインクーンは糸を這わせてその腕の肘から先を麻痺させてやった。
(マブいって、どこの方言にゃ? まあなんとなく意味は分かるけど)
どうにか愛想笑いで場を取り持ち、これ以上相手を怒らせないよう言われた金額を払った。
情けないと思いつつ、精一杯の抵抗として、しぶしぶとした態度でカウンターに金を置く。
「賢明な判断だ。何人か強がって支払いを断った奴もいたが、それっきり姿を見ねえんだ。何故だかな」
酒場中から忍び笑いが聞こえた。
メインクーンは何も言わずに踵を返した。
一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
入り口で二人の客らしき男女とすれ違ったが、特に見向きもしなかった。
ただ後になって、実に奇妙な二人連れだったと思い返した。
女は全身に包帯を巻いていて、男の方は群青色の硬革鎧に髑髏のマスクを被っていた。




