680 ラゴの家
大闘技会キングストーナメント開幕ひと月前――。
シャマンたち一行は開催地である闘技場コランダムへと、長い旅路の果てに辿り着いたところであった。
「いやぁ、疲れたな。さすがにな」
地下に広がる雑多な街並みを見渡しながら、シャマンはホッと胸をなでおろした。
「すいやせん。アーカムは大魔境と言われるだけあって、エスメラルダやハイランドのように交通網が行きわたっていやせんもんで」
旅の同行者である魔物使いのラゴが申し訳なさそうに頭を下げる。
「別にラゴが謝ることじゃないんよ」
「レッキスの言う通りにゃ。到着が予定より遅くなったのは、途中で発見した古代遺跡の宝物に目がくらんだからなんだし」
「それについてはオメェが一番張り切ってたろうが」
シャマンのツッコミにメインクーンは小さくなった。
一行はアーカムに入国してより早々、偶然にも未盗掘の古代遺跡を発見し、数日をかけて探索していたのである。
レッキスは早く旅を再開したいと主張したものの、他の面々は冒険者としてこれを見過ごせす事はできないとして調査に踏み切ったのだ。
結果、遺跡建立に関する歴史的背景はあまり把握できずに終わったが、それなりに収穫はあった。
旧マハラディア王国で流通していた古銭の類や、魔力が付与された武具が数点見つかったのだ。
もちろん遺跡に住み着いた獰猛な獣や魔獣もいたが、魔物の知識が豊富なラゴのおかげで難局をいくつも切り抜けられた。
「魔物使いってのもなかなかに役立つもんだぜ。どうだ、ラゴ。正式にオレらの旅の仲間に加わる気はねえか?」
「そうですねぇ。まああっしは旅から旅と流れる身。次に旅立つ時までに答えを決めさせていただきやしょう」
そうして予定より遅れることひと月。
一行はようやくにしてコランダムへと落ち着いたのである。
この街はラゴの本拠地だ。
ラゴが世界中を旅してかき集めた魔物の卵を持ち帰り、父親と妹が切り盛りする牧場で調教する。
ここで調教された魔物は闘技場で剣闘士相手に戦ったり、好事家にペットや護衛用として買われたりする。
早速ラゴは一行を父と妹の待つ実家へと案内した。
「およそ一年振りでさあ。元気にしてると思いやすが……」
そう言ったラゴの顔が実家へと近付くにつれ、だんだんと不安の色を濃くしていった。
牧場は地底都市コランダムの中でも最奥に位置している。
人家や繁華街から距離を開けているのは当然として、それにしても道を行くにつれ人気はまばらに、空気は重く感じられた。
「見えました。あそこです。しかし……おかしいな」
ラゴの顔に焦燥が滲みだす。
「これだけ近くに来ても魔物の鳴き声やいななきが聞こえない。匂いもしない。まるで誰もいないようだ」
「ラゴ?」
「……すいやせんッ」
たまりかねたようにラゴは走り出した。
一目散に牧場へと駆けていく。
シャマンたちも追うように後に続いた。
「こ、こりゃあ……いったい」
追いついた一行が目にしたのは牧場の入り口で佇むラゴと、何もいない、もぬけの殻ばかりの檻や柵の内側だった。
「なんでい。牧場って聞いていたが、なんにもいねえじゃねえか」
シャマンたちの目にもこれがラゴの言っていた光景とは程遠いことはわかった。
「親父! リオ! オレだ、ラゴだッ。帰ったぞ」
ラゴは声を張り上げて母屋らしき建物の方へと走り出した。
「親父ィ! リオォ」
何度となく叫び、母屋へと辿り着くと扉を強く叩く。
古い木製の扉が軋んだ音を上げて今にも壊れそうなほどにラゴは殴打した。
しかし返事はなかった。
ようやく戸を叩くのを止めたラゴが振り返ると、それを見つめていたシャマンたちの向こう側、牧場の入り口に佇んでいる、小さな妹の姿が目に入った。
「リオッ」
「に、兄ちゃんッ」
魔物使いの娘、リオは手に持っていた水桶を取り落とし、走り寄ったラゴに抱き着いた。




