678 開幕! 大闘技会キングストーナメント
ついに鋼の月の最終週が訪れた。
世界各地より大勢の人々がこの地に訪れている。
「大闘技会キングストーナメントの開幕をここに宣言する」
アーカムを統べる妖精女王ティターニアのスピーチが各所から流れた。
かつての鉱山都市はいまや世界でも指折りの娯楽都市と化している。
その名も闘技場コランダム。
そこは多くの剣闘士が日夜凄惨なバトルを繰り広げ、大勢の観客を興奮のるつぼに陥れている。
その地で今日より数日間にわたり大規模なイベントが開催される。
それこそが大闘技会キングストーナメント。
戦法、流派を問わず、腕に覚えのある者たちが名誉と名声、あるいは刺激を求めてこの地に吸い寄せられてきた。
ウシツノは高層階の窓辺からお祭り騒ぎに浮かれるその街の様子を眺めていた。
彼もこの地に束縛されている剣闘士のひとりとして、此度の大闘技会に参加することが決まっていた。
目線を上げ、窓から会場となる新造のコロシアムを見上げる。
戦いの場は、ウシツノに与えられたこの高層階の私室よりもさらに天に近い位置にあった。
地底に広がるコランダムの街を抱きかかえるように広がった山脈。
その剣のように天に突き出た峻険な山々の中に会場はあった。
数年をかけて造成された土地に、これでもかと派手で異様な建築物が聳え立つ。
試合場は開幕のセレモニーで盛り上がり、観客たちの期待と興奮が渦巻いていた。
大会初日を明日に控え、しかしウシツノは落ち着かない気分で部屋を歩き回った。
「心配事が無くなりませんか?」
気づかわしげな声がした。
同じ部屋にもうひとりいる。
黒く長い髪をうなじでひとつにまとめた女。
旅に出た許嫁である刀鍛冶の男を探して、東のホウライの里からやって来た剣闘士。
「ダーナは落ち着いてるんだな」
「そう見えます?」
彼女なりに緊張はしているらしい。
とはいえ剣闘士である自分たちは大会であろうとなかろうと、することは何も変わらない。
「戦いに緊張しているわけじゃないんだよ」
「ではなんですの?」
「三人目が決まってないだろう」
そのことですか、とダーナは小さく答えた。
今回の大闘技会はそれまでとは違い三人一組でのチーム戦とされている。
これで戦力において圧倒的な個人が必ずしも勝つとは言えなくなり、チーム内、あるいは対戦相手との相性といった要素も加味されることになったので、早くも予想が立ちにくいと評判になっている。
「見る方は楽しいのかもしれないけどな」
「私とウシツノさまが共に信頼を置ける三人目が決まらないのですよね」
そうなのだ。
ウシツノは大会に参加することに異議はなかった。
しかしまさかチームを組まなくてはならないとは思っておらず、そのへんで苦戦を強いられていた。
幸いなことにこの地でプロモーターとして手腕を発揮している同郷のインバブラによって、ウシツノは闘技場でも人気随一のダーナと組むことになった。
しかし三人目が決まらない。
「ヤソルトがいてくれたらなあ……」
共に闘技場に連れてこられた戦士ヤソルトは、闘技場お抱えの魔物使いを強盗殺人した挙句、自身も帰らぬ人となってしまった。
「あの事件は結局謎に包まれたままでしたね」
「ヤソルトの首は見つからないままだからな」
ヤソルトの首なし遺体が発見されたことで事件の捜査も打ち切られてしまった。
彼に関しては多くの謎だけが残されているままなのだ。
「今日中にマネージャーがなんとかしてくれますよ、きっと」
「ダーナはどうしてインバブラをそんなに頼れるのか……」
カエル族の者が聞いたら誰もが目を丸くするはずだ。
ウシツノがもう一度ため息をついた時、部屋の扉が開き件のインバブラがやって来た。
どうだったか、と聞くより前に、後ろについてくるもうひとりの存在に二人は驚きを隠せなかった。
「おい、まさか……インバブラ?」
インバブラは雑に椅子へと腰かけると葉巻を取り出してスパスパと吸い始めた。
「まあ、おめえらと組めりゃあいいとこまで勝ち上がれるのは目に見えてるからな。んなわけで大した戦績も持たねえ剣闘士どもの売り込みも多かったんだが、なかでも一番おめえらに釣り合う奴を選んできたって訳よ」
「ですがマネージャー? この方は……」
「そ、そうだぞ。なんかの冗談なら悪趣味だ」
「冗談ではない。オレの方から正式に申し込んだんだ」
ダーナとウシツノが驚き、信じられないのも仕方がない。
インバブラが連れ帰ってきたのは闘技場の元チャンピオン。
ウシツノも半年前にかろうじて勝利することができたに過ぎないほどの実力者。
豹頭族のクロヒョウこと、剣闘士アナトリアであったのだ。
「これで正式にメンバーが決まったな。ウシツノ、ダーナ、アナトリア! おめぇらなら優勝間違いなしだぜ。ゲココココ」
2025年6月18日 挿絵を挿入しました。




