677 to the underworld 【冥界へ】
アスモデウスが消える寸前、アマンを睨み、唸り、そして指を突き付けて何かをつぶやいた。
それが何を意味するのかはわからない。
だがアマンは悪魔が再戦を望む旨を伝えようとしたんだと理解していた。
「帰ったらマグ王に聞いてみるか。地獄へ行く方法を……」
そこでならもっと全力でぶつかり合えただろうし、それまでにもっと強くなっておかないといけない。
そんな、何故だか晴れ晴れとした気分でシオリのことを目で追いかける。
居場所はすぐに分かった。
この闇夜の中、白い光が幾度も瞬いているからだ。
「でぃやぁっ」
「クッ」
「うぬぅ」
戦局は見るからに有利だった。
戦士の身体つきをしたイローナと、夜会服の剣士ウイバリィは防戦一方だ。
シオリの光を伴う攻撃は吸血鬼にとって都合が悪く、攻撃を躱したとしても光の影響が彼らを弱らせる。
そして決着はいとも簡単についた。
二人ともにシオリの光に耐えきれず、全身が火脹れの様に膨れ上がり、やがて発火した。
苦悶の声を上げつつ倒れた後に火は一層眩しく燃え上がり、二人とも灰となって夜風に吹きさらわれてしまった。
「召喚士の魔女も絶命してるわ」
アスモデウスの魔力を支えきれず、ダルヴァラの身体も崩れ去ってしまった。
「で、残りは?」
アマンの問いかけに静寂が答える。
エリスと、メイドのツルクォの姿は何処にもなかった。
「勝手に灰となって死んじゃったとか?」
「そんなはずないでしょ。逃げたのよ」
それで終わり、と気にした風もなくオーヤは言った。
「いいのか、それで?」
アマンの問いかける目にシオリは曖昧に笑って答えた。
未だにオーヤと言う魔女の考えが読めない。
一緒に数ヶ月旅をしてきたが、特別シオリに敵対するわけでなく、どちらかと言えば異世界に転移した先輩と言う具合にこの世界での心づもりやら心がけやらを教え込まれてきた。
シオリが自分の力で人々を癒して回ることについても反対はしなかった。
目立つ行動を嫌うという訳でもないのだ。
自分には敵も大勢いる。
オーヤはシオリにそう話したことがある。
その敵の中に自分は含まれていないのだろうか。
疑問に思ったがついぞその答えを聞けずにいた。
ただエリスのように明らかな敵とは違うという事はわかる。
その差がどれくらいかまでは知りようもないが。
だからエリスが逃げたという事は、オーヤにとっては大した問題ではないのだろう。
縁があればまた戦うだろうし、それが明日か百年後かは今考える事でもない。
今考えることは――。
「さあ、冥界へと通じる穴へ行くわよ」
辺りはアマンとアスモデウスのおかげで崩壊しているが、城の地下に当たる場所へと向かえば目的の冥界への穴がある。
「地下って……どこからですか」
辺りはアマンとアスモデウスのおかげで崩壊していて、城の地下へと通じてそうな場所の見当もつかなかった。
「ちょっと、カエル」
「なんだよ?」
「責任取ってあんた穴を掘りなさい」
「知るかよ! ベェーッ」
長い舌を出してオーヤをおちょくるアマン。
かつて出会った頃と違い、今のオーヤはフクロウの姿でいる。
フクロウにいい様に命令されてやる気はなかった。
「生意気なカエルね。あんた自分の立場わかってるんでしょうね」
「なんだよ、立場って」
「忘れたのかしら? あんたは私に召喚されて今ここに居るのよ」
「じゃあ早く帰してくれよ。もういいだろ」
「だめよ」
「なんで」
「あんた、カエルのくせに意外と使えそうだから、もうしばらく召喚状態で居させてあげる」
「はあ? ふざけんなよ。オレは帰るぜ」
「どうやって?」
背を向けたアマンの足が止まる。
召喚される直前、アマンは不思議なダンジョン〈ジャハンナム〉にいた。
そこはマグ王の城の地下に広がっている。
マグ王の城は冥界にある。
冥界の入り口への穴は御覧のように閉ざされてしまった。
「実際、狙ってやったのかはわかんないけど、エリスのやらせた召喚は功を奏したわね。穴を物理的に埋めてしまったんですもの」
「お前の召喚もそれに噛んでるだろうがッ! ばぁか」
「アマンさん、それって自分のことじゃないですか……」
さすがにシオリも突っ込まずにいられなかった。
「とにかく、別の穴を探すしかないわ」
「別の? 冥界への穴ですか?」
「そうよシオリ。言ったでしょ? 穴は世界中にあるって。ここから一番近い穴は、と」
オーヤが記憶の糸を手繰り寄せる。
「そうね。コランダムかしら」
「コランダム?」
「鉱山都市コランダム。今は閉山して、山全体を闘技場として運営しているわ」
「闘技場?」
アマンとシオリの声が重なる。
アマンの声は好奇心を含んだ歓声。
シオリの声には不安が含まれていた。
「こんな山の中にいつまでいても仕方ないわ。出発よ」
「は、はい」
「おい、本当にオレも行くのかよ?」
抗議の声を上げるアマンだが、その声は思ったよりも威勢がない。
「正直者ね。行きたいんでしょ? なら連れて行ってください、とちゃんとお願いしたら?」
「ふ、ふざけんな! クソッ、オレはそのニンゲンを守るために仕方なく行くだけだからな! ウシツノの旦那かアカメの奴に会ったらそこでバイバイすんぞ」
もはや聞く耳も持たず、オーヤはシオリの肩にとまり下山するよう勧めていた。
その後ろをアマンは不承不承、とはいえ少しばかり心躍らせながらついていくのだった。
第七章 神威・継承編〈了〉




