676 Flame-graviton 【炎重力弾】
空中で大爆発が起きた。
闇夜に沈む廃墟を太陽のように明るい光が照らす。
続けて何度も爆発による光が乱れ飛ぶ。
全身から炎を噴き出す大悪魔アスモデウスと、全身が紫がかった闇色の炎と化したアマンが幾度もぶつかり合う。
そのたびに光が爆発を起こす。
金色に光るアマンの目が楽しげに笑う。
アスモデウスの咆哮にアマンの哄笑が重なる。
「うらぁッ」
闇の炎の爆発を推進力にして、アマンの拳がアスモデウスの顔面を叩く。
その瞬間に爆発が起きる。
「グルァァァッ」
アスモデウスの左拳がアマンのみぞおちに叩き込まれる。
その瞬間に爆発が起きる。
アスモデウスの肉体にダメージが蓄積されていく。
アマンの身体は吹き飛ぶたびに再生を繰り返している。
「オーヤさん、不死人ってなんですか」
肉体が損傷することを厭わないアマンの戦いっぷりにシオリは動揺を隠せないでいる。
「冥界の青い柘榴、ブルーカーバンクルを食べると不死の肉体が手に入るのよ。こうなると何をしてもあのカエルは死ぬことはない」
「死なない……?」
それならば、もうこの窮地は脱したと言えるのだろうか。
シオリのそんな考えを見越したオーヤが「それは違う」と忠告した。
「不死人は死なないけれど無敵ではない。対策はいくつも講じられるわ」
「対策?」
「例えば封印するとか、戦闘力を弱めるとか、あとはあいつらの能力で」
あいつらと言うのは当然エリスたち吸血鬼であるからにして。
「そうか! 操るとか」
「奴らが動き出したわよ」
アスモデウスとの戦いに集中しているアマンが気付かぬうちに、ダルヴァラを除く吸血鬼たちが動き出していた。
壮絶な打ち合いを繰り返すアマンとアスモデウスの距離が広がった瞬間にイローナとウイバリィがアマンの身体に飛びついた。
「なッ」
不意を突かれた格好のアマンは左右の腕を二人にそれぞれ抑え込まれ地面に押し倒された。
アマンの身体は現在炎に包まれている。
その炎で二人の皮膚が焼け焦げ辺りに嫌な臭い、焦げた腐臭が漂う。
「火に焼かれるのは不本意だけれども」
「しかしこの炎は我ら闇の眷属にはいささか気持ちの良いものですぞ」
「ちっ」
吸血鬼はアンデッドに属する。
アマンは経験からレイに借りた闇の力がアンデッドに対しては効果が半減することを知っていた。
「さあ、お嬢様」
「この者の血をお吸いくだされ」
血の伯爵令嬢と恐れられたエリスが近寄ってきた。
「私は処女の血以外は吸いとうないのだが、仕方あるまい」
しゃがみ込み、アマンの首筋に顔を近付けると口を開く。
可憐に見える唇の向こう側に鋭利な二本の乱杭歯が見えた。
「させませんッ」
そこへ光が一閃した。
アマンを抑えるイローナとウイバリィが横薙ぎの光に吹き飛ばされた
吸血態勢に入っていたエリスは行動をキャンセルして立ち上がり、大きなハサミを盾にした黒いメイド服のツルクォがエリスをかばった。
眩しい光が生じるが、黒いヴェールに黒い目隠しをしたツルクォは動じずに光がおさまるまで耐えた。
「クソッ」
一層身体の炎を大きく燃やしてアマンはエリスから距離を開けた。
さすがに血を吸われて下僕にされてはどこまで自由意志が保てるかわからない。
試してみようなどとも思わなかった。
「チェッ! お前を助けるつもりなのに逆に助けられちまったじゃねえか」
「ごめんなさい」
弱々しい笑顔でシオリが謝る。
「でも、私も戦います」
それでもシオリは光の剣を抜いて戦闘態勢を取った。
「もう調子は大丈夫なのか?」
「は、はい」
顔を赤らめてシオリが返事をする。
アスモデウスによる官能攻撃はシオリにとって相手が悪かった。
「なので私は吸血鬼の方を相手しますね」
「確かにその方が相性いいかもな」
アマンも納得しアスモデウスを迎え撃つ。
そのアスモデウスはエリスたちの横やりに焦れていた。
一応召喚主の命令がまだ生きているのだ。
大悪魔と言えどこちらの物質界に召喚された身である以上、一定の制限は受けるのである。
ただしそれも呼び出した術者の力量に左右される。
魔女ダルヴァラはこのうえなく疲弊していた。
「それじゃあここいらで最終ラウンドといこうぜ」
「はい!」
アマンの黒い炎と、シオリの白い光が激しさを増した。
呼応するようにアスモデウスの肉体からも熱せられた蒸気が噴き上がる。
シオリが睨みつける吸血鬼どもも戦闘態勢をとるが、エリスだけは後ろに下がりふんぞり返っていた。
激しい熱で地面の小石が爆ぜた。
その音を合図に全員が一斉に動き出した。
最初の攻撃はアマンだった。
そして最初に倒れたのはダルヴァラだった。
「炎重力弾ッ」
跳び上がったアマンが地上に向けて放った重力をまといし炎が炸裂する。
超重量の炎の塊を受けてアスモデウスの足が膝まで地面にめり込んだ。
そして爆発。
飛び散った爆炎が周囲に重たい空気を蔓延させた。
アスモデウスがそれを耐えるために魔力の上限を解放する。
周囲に滞留させた自らの魔素を吸い込み膨大なエネルギーが生じる。
「あ、あっ、アァァァァアアアアアァアッッッ」
その魔力の高ぶりにダルヴァラは耐えられなかった。
己の限界を超える魔力を振るう大悪魔の活性化に肉体も精神もついていけなかったのだ。
目、鼻、口、耳から血が噴き出す。
そして全身を痙攣させて倒れた。
アスモデウスの枷が外れた。
召喚主がいなくなったことで制限が解除された。
「けれどそれは一瞬のこと」
オーヤの指摘通り、一瞬、アマンの炎重力弾を飲み込むほどの魔炎をほとばしらせたが、すぐに勢いは消え、そしてアスモデウスの肉体までもが消え始めた。
「召喚によって物質界に留まれた身なのだから、術が途切れれば強制的に帰還させられるのは当然」
口惜しいのか。
大悪魔は怒りの咆哮を飛ばすもやがてその姿は消え去ってしまった。
「不完全な召喚は、やはり無駄でしかないわね。いや、召喚に頼ること自体が魔術師として程度が知れるというところかしら。どんなに強力な存在を呼べたとしても、それは自分の強さとは言えないものね」
地面に突っ伏すダルヴァラを、オーヤは哀れみの眼差しで見るばかりだった。