675 blaze & blaze 【地獄の炎と闇の炎】
月光と炎が照らす闇夜の廃墟で、悪魔が朗々と唱える低い声の呪文が流れる。
それはアマンはおろか、オーヤにすらも理解不能の言語であり、およそ人間の耳では聞き取れず、人間の声帯では発音不可能な言葉であった。
ただひとつ確かなのは、アスモデウスの詠唱が続くに従い、この場に魔素が満ちていく。
「地獄によく似た環境ってことよ」
オーヤの忠告に耳を傾けても、アマンは動こうとしない。
詠唱を中断させようと、攻撃を加える選択肢はあった。
だが機を逸した。
異様な呪文の詠唱に気圧されている間に周囲の環境に変化が訪れていた。
すでに廃墟と化している山城ではあるが、その城壁から塔から門から濠から、ありとあらゆる物質が腐り始めていた。
黒く濁り、嫌な臭いを発し、空気が汚染されている。
そして熱い。
見ればアスモデウスの肉体から炎が立ち上っている。
体内を流れる血液が熱湯となり、孔と言う孔から蒸気を噴き出し空気を焦がす。
身動ぎするたびに擦過音が響き炎が吹きこぼれる。
それでもなお悪魔は詠唱を続けている。
「オーヤさん」
シオリが気付いた異常をオーヤに知らせる。
それはアスモデウスを呼び出した魔女ダルヴァラの様子だ。
汗を流し、地面に膝を着き、苦しそうにあえいでいる。
それはアスモデウスが活性化するにつれ、次第に顕著になっていった。
「どうやら分不相応な召喚だったみたいね。自身のレベル上限を大幅に超えるものを呼ぶべきではないのに」
あえぐダルヴァラを気に掛ける者はいないようだ。
エリスは一顧だにせず、アスモデウスの強化を満足そうに見入っている。
他の吸血鬼もエリスに倣う格好だ。
「仲間想いって考えはないみたいだぜ」
「そんな……」
アマンは油断なくアスモデウスを注視し、シオリはただひとりダルヴァラを見ていた。
轟ッ!
一層でかい炎が悪魔から吹き上がった。
槍を頭上で振り回すと炎がまとわりつき決して消えない炎の槍となる。
そして予備動作もなしに突然アマンに襲い掛かった。
如意棒でガードするが当然体重差で吹き飛ばされる。
そのアマンをさらに追って炎の槍が突き出される。
「ぷはッ! 舐めんな、火尖鎗ォ」
アマンの如意棒からも炎がほとばしり激突した。
周囲に炎の嵐が巻き起こる。
歯を喰いしばり凌ぐアマンであったが、炎を突き破ってアスモデウスの三つの顔が間近に迫りギョッとした。
「ぐっ」
猛烈な力で顔面を殴られた。
脳震盪なんて程度では済まない。
頭蓋骨が粉砕された音を誰もが聞いた。
「アマンさんッ」
シオリが悲痛な声を上げる。
アマンの頭部はひしゃげて身体が伸び切る。
「終わったわね」
「か、回復を!」
冷めたオーヤと青ざめるシオリの前でアマンの身体が地に落ちる。
「まあよく持った方じゃない?」
エリスの声を背にアスモデウスが槍を振るうとアマンの上半身と下半身が二つに分かれた。
「ッ!」
シオリが両手で顔を覆って声の出ない悲鳴を上げる。
「心配すんな」
「えっ」
アマンの声がしてシオリは顔を上げた。
「ニッ!」
まさか上半身だけになったアマンがシオリに向かい笑って見せた。
それは何故だか滑稽で、だからこそ畏怖する光景だった。
「っしょお」
気合をいれたアマンの身体が燃え出した。
シオリは悪魔の炎でやられたのだと思ったが、そうではなかった。
アマンの身体が炎となっていたのだ。
それだけではない。
分かたれた下半身も跳ね起きて、上半身だけのアマンの元へと駆け寄ってくる。
「な、なんなんですか! あれ」
「もしかして、このカエル」
オーヤの前でホムラガエルに変身したアマンの身体が元通りにくっついた。
「テメ―はただの炎じゃ物足りないみたいだし、特別に見せてやるぜ」
アマンを覆う赤い炎が紫色に変じていく。
「この感じ、やっぱりッ」
「闇の炎を食らいやがれッ」
爆発が生じアマンがアスモデウスに激突した。
両者のぶつかり合いが次の爆発を呼び、爆発が続けて起きて大爆発を起こす。
「あのカエル! 不死人だわ……それも、紅姫と黒姫、二人から力を供給されている」
爆発の中から楽しそうに戦うアマンの笑い声が聞こえてきた。




