665 underworld 【冥界への入り口】
少女が光で幼子の病気を治す奇跡を目の当たりにした村人たちは、立ち去ろうとしたシオリとフクロウを引き留めた。
こういった反応は珍しくない。
いや、フクロウの姿になったオーヤと二人で旅を始めた頃はむしろ逆の対応を経験した。
黒姫レイに繋がる枝を断ち切られたオーヤと共に、シオリはレイを探す旅を始めた。
オーヤ曰く。
レイは今、幻想種族バステトの国にいるはずだと言う。
どうやらその国を治めるマグ王なる人物とオーヤは知り合いらしいのだが、一方的に関係を断絶されてしまったようだ。
バステトの国セヘト・イアルへの入国も禁じられてしまった。
バステトの国は昼と夜の境界上、冥界への入り口にあるそうで、どこまで歩こうが通常の移動では辿り着けない。
ただし世界中に冥界へと通じる入り口があり、シオリとオーヤはそのひとつを目指して旅を続けていた。
その途上で病や怪我で苦しむ人をシオリは黙って見過ごすことができなかった。
シオリは〈再生の道標〉とされる白姫である。
彼女はすでに中級までの姫神魔法を転身せずに発動できるレベルに達していた。
一般的な病や怪我を体力の消耗はあれど癒すことができたのだ。
しかし前述のとおり、最初はその力を恐れられ、せっかく癒しても人々はシオリを遠巻きにした。
それでもシオリは自身の信念を曲げず、行く先々で目に付いた人々を助け続けた。
やがて、見返りを求めない姿勢と、光の奇跡の数々に、辺境を中心に噂が広まった。
喋るフクロウを連れた癒し手の少女という存在が、人々を救済していると。
「どうぞ、お召し上がりください」
「あ、ありがとうございます」
シオリとオーヤは村で一番大きな家に招かれていた。
森の外にまばらに点在する数戸の家からなる小さな村で、この一番大きな村長の家は、小さな川のほとりに組み上げられた石垣の上に建っていた。
村の集会所も兼ねているようで、入ってすぐに中心に大きめの囲炉裏がある十メートル四方の板敷きの間があり、さらに奥にいくつかの小部屋があるようだ。
シオリは村長の隣に座り、村の人たちも集まっている。
その中には先ほどの医師と、この村の教会の神父らしき人もいた。
いないのはシオリが治した幼子とその両親だけである。
しきりに感謝の言葉を述べるのを制し、今夜は安心して眠ってほしいとシオリが言ったためだった。
「あんた方のお噂は、こんな辺境の村にまで届いておるよ」
年老いた村長はシオリの方を向いてそう言った。
「じゃが、まさかここへ訪れるとは。おかげでシュクランは助かった。有難いことじゃ」
集まった村人たちからも感謝の声が聞こえてくる。
「しかし、なんでまたこのような辺鄙な場所へ訪れなすった?」
「ピエトローシュへ行く途中よ」
皿に盛られたチキンの照り焼きをついばみながら、フクロウ姿のオーヤが答えた。
最初、目の前に鳥のエサを出されてブチ切れたオーヤには、この場で一番豪勢に盛り付けられた料理が与えられていた。
「ピエトローシュじゃと! あの山は危険ですぞ。悪魔の棲む城が山頂にありますのじゃ」
「知ってるわ。その悪魔城へ行きたいのよ」
「なんとッ……」
村長だけでなく村人たちも絶句していた。
「いったいどのような用向きで、あの悪魔の城へと行きなさる?」
「そこは冥界へ通じる入り口のひとつらしくて、私たちはそこを通って冥界へ行きたいんです」
シオリの言い分に村長は愕然とした様子であったが、しばらくして気を取り直したようだった。
「あんた方は奇跡を起こし人々を救っていると聞いた。きっとわしらには理解の及ばぬ領域で生きておられるのだろう。これ以上の詮索はすまい。神父や」
村長はこの村にただひとりの神父を近くに呼びつけた。
「悪魔の城についてはこの神父めが詳しい。いろいろ聞くがよかろう」
紹介された神父はシオリに深々と頭を下げた。
「パストルと申します。なんなりとお聞きください」




