661 prisoner 【虜囚】
タイランが目を覚ますと、入り口脇にいた憲兵らしき者が慌てた様子で部屋を出て行くのがわかった。
咄嗟に身を起こそうとしたが、途端、左肩に激痛が走る。
腕も自由に動かせないようで、確認すると白い包帯がきつく巻かれていた。
そこでタイランは戦った竜人族に左肩をやられたのを思い出した。
それから改めて部屋の中を見てみる。
タイランは着ていた旅装を脱がされ簡素な衣服に着替えさせられていた。
部屋には窓はなく、自分が横たわる寝台と小さな机、椅子(憲兵が座っていた)、壁に取り付けられた小さなランプのみだった。
「剣はないか……」
そして当然のように武装解除されていた。
剣も帽子も目に付くところには見当たらない。
憲兵が出て行った扉は閉ざされ、どうやら鍵も外から掛かっているようだった。
大人しく待っていると、やがて扉の外から具足を鳴らす複数人の足音が聞こえてきた。
「囚人が起きたのだな?」
「はっ。すぐに報告しろとのお達しでしたので」
ガチャッ、と鍵が差し込まれ開錠される音がする。
(囚人とはな)
タイランは己の身の上に起きた現状を理解し始めていた。
扉が開き、先頭に立って入って来たのは全身金属鎧で身を固めた犬狼族の男であった。
背筋を伸ばし、眉間にしわを寄せ、きびきびとした動作で近付いてくる。
気難しい性格が嫌でも滲み出ていた。
「目を覚ましたようだな。ここが何処だかわかっているか」
「病室か、独房か」
「両方である」
タイランは大きく嘆息した。
その動作でまた左肩に痛みが走ったが、喉の奥で苦鳴を押し殺した。
タイランの様子には頓着せず、その男は質問を続けた。
「浮遊石嵐の晩、シャニワール・ワーダーに侵入したのは何故か」
タイランは押し黙った。
シャニワール・ワーダーとはあの要塞のような官邸のことだろう。
確かにタイランはあそこに侵入した。
理由があったとはいえ、それはいわば個人的なものにすぎない。
夜中に公的機関に忍び入ったのだ。
弁明の余地はなかった。
「答えられぬか。だが金品を狙った卑しい盗賊とも思えん。貴様はいったい何者だ」
「……」
「我が名はフリッツ・ヴァスバンドゥ。正義の鉄槌神ムーダンの神官戦士長にして、ここ聖なるシャニワールの憲兵隊を指揮する者だ。さあ、貴様も名乗るがいい」
「……タイランだ。自由騎士タイラン・フィン・フーリン」
「所属は?」
「何処でもない。自由にやっている」
タイランの返答にフリッツは眉根を寄せる。
「しらばっくれるな。ムーア議長が貴様と竜人族の会話を聞いている。クァックジャードであるとな」
「……」
「調停者がこの地で何を嗅ぎまわっている? 何故官邸に侵入した?」
「あの老人と娘は無事か?」
最後に気を失ったタイランはあの二人の無事を確認できずにいた。
「ケガはない。今は落ち着いておられる」
含んだ言い方をする。
それで初めてタイランは重要なことに気が付いた。
「あれから何日経っている? オレはどれぐらい眠っていたのだ」
「十日だ。貴様は高熱を出し長いこと意識を失ったままだった。左の肩甲骨を骨折しているが、全治には三ヶ月はかかるとのことだ」
フリッツの答えはタイランにとっては意外だった。
せいぜい二日程度だと思ったのだ。
ズメウの一撃はただの掌打ではなかったかもしれない。
何らかの術技の類であった可能性も考えられる。
「いま、貴様の身元を照会中だ。もうしばらくすれば答えが出る。それまで大人しくしておくのだな」
そう言い捨ててフリッツは退室した。
入り口にひとり見張りを残し、扉の外にもひとりを配置していく声が聞こえた。
タイランはベッドに横になり天井を見上げながら考える。
どうやら自分はクァックジャードであると疑われているらしい。
とっくに破門されているのだが、怪我の手当てを受け、地下牢にぶち込まれずにいられるのは、五氏族連合がクァックジャードと事を構えるのを警戒しての処置なのだろう。
「結局、肩書きに助けられる始末とはな」
それから一週間が過ぎたころ、タイランの元に面会に来た者がいた。
「よお、タイラン。無様だな」
「コクマル」
現れたのは二本の小剣を操るクァックジャードの黒い鳥騎士コクマルである。
「評議連とは話をつけた。ここを出るぞ、タイラン。騎士団からお前宛てに指令が出ている」
「指令?」
破門された自分に指令とはおかしな話だと一笑に付す。
「それが笑えねえんだよ。マスター・ハヤブサが殺された。犯人は十人のズメウだ」




