660 team fight 【集団戦】
百戦錬磨のタイランと言えど、巨躯を誇る竜人族十人と対峙しては心胆寒からしめられた。
こちらは神剣ククロセアトロを抜刀して構えてみるが、相手は全員両の拳を握りしめてファイティングポーズをとっている。
十人のズメウは半円状に広がり部屋の半分を占拠している。
彼らの後方に怯えるニンゲンの娘と喉を抑え咳き込む猿人族の老人がいる。
そしてタイランの背後には開け放たれたままのこの部屋の扉である。
ちらりと背後を盗み見るが部屋の外まで障害物は一切ない。
ズメウも全員タイランの前方に広がっていて、彼が撤退を決め込めば難なくこの部屋から脱出することはできるだろう。
自分ひとりだけならば。
タイランは目線を前方に戻すと手首を回し剣を一回転、基本の構えにリセットを掛けた。
「退く気はないのだな?」
「信念に反する」
「心意気で悦に浸っているのではあるまいな」
「自分でもわからん」
「正直な奴め」
正面のズメウが向かってきた。
こいつはあの老人を締め上げていた奴で、雰囲気から見て奴らのリーダー的な存在であるようだった。
「むぅッん」
突進から来る右ストレートを左にいなす。
すると直後にすぐ後方から迫っていた二人目の左が目の前に迫ってきた。
瞬時にここへ来るまでに見た憲兵のことを思い出す。
鎧の上から胸骨が砕かれ胸が陥没していた。
まともに喰らえばタイランの頭骨など一瞬で粉砕されてしまう。
必死になってその二撃目もかいくぐる。
すると間髪を入れずに三人目の太い右足が避けた先から蹴り上げてくる。
受けるのは論外。
タイランは咄嗟に羽を広げ空気抵抗から蹴りの来る方向への速度を鈍らせて回避に成功する。
しかし今度は頭上から飛び込んできた四人目が、雄叫びを上げながらタイランを踏み潰そうと落ちてくる。
羽をすぼめて剣を床に突き立てると腕力でもって自身の身体を剣の方、右へ引っ張り四人目を躱す。
一息すらつけずにひとり目と二人目が拳の連打を叩きこんでくるのをどうにか躱しきると、タイランは剣を突き付けながら五、六歩後ずさって距離を開けた。
四人のズメウはピタリと攻撃を止め、静かに息を吐きながら再びファイティングポーズをとった。
「やるではないか。過去、我らの攻撃を三人目まで耐えた者はいるが、貴様は四人目を超えさらに最後の連打も凌ぎきった。我らに崇高なる使命がなければ、対等の条件でやりあってみたいものよ」
「クルムア様」
「わかっておる。戯言を許せ。今は闘士の気概よりも優先すべきことがある」
やはり攻めの姿勢を崩すつもりはないようで、ズメウたちはクルムアと呼ばれたリーダーを中心にして再び半円の陣形を組んだ。
「どうにも状況が良くないな」
お褒めに預かったタイランではあるが、内心では絶望に近い感情が渦巻いていた。
一撃でも受ければ致命傷だ。
命は保ったとしても重い障害が残る可能性もある。
先の攻防もこの神剣による恩恵があればこそと思う。
神剣ククロセアトロは二千年前に現在のエスメラルダの地に降臨した姫神の神器である。
姫神ではないタイランにこの剣の性能をフルに発揮することは叶わないが、それでも振るうたびに感覚が研ぎ澄まされていく。
そのおかげでタイランの得意とする「先読み」が鋭さを増していた。
「だがいつも通りに後の先を狙っていては分が悪いな」
そこで今度はタイランから仕掛けた。
相手の攻撃ペースに合わせていては勝率は下がる一方だ。
せめてこちらが先をとり、相手の思う導線を乱す必要がある。
それでも現状で勝てる見込みは三割を切ると考える。
「ぬッ」
ビュバッ! と風を切り裂くタイランの突きをクルムアは回避した。
初手。
油断をしたわけではないが、敵ながら賞賛すべき鋭い突きだった。
再び数人が入り乱れる攻防が繰り広げられる。
だが今回はタイランも攻撃の手を差し挟むことに余念がない。
一方的に攻撃させることのないよう、必死に抵抗し続けた。
そこで思わぬ攻撃で機先を制される。
四人を相手取っていたが、ここで五人目が空白の瞬間をついて酸のブレスを吐きかけた。
それに反応したタイランは、放射状に広がる酸のブレスを剣を振り回し拡散させて見事に凌ぎきる。
だがそこでホッとした一瞬を突かれた。
クルムアの体重の乗った掌打がタイランの左肩にヒットした。
吹き飛ぶタイランだが同時にクルムアの右胸からも鮮血がほとばしる。
「むぅ」
掌打を浴びる直前、超反応を見せたタイランの剣先がクルムアの右胸を切り裂いたのだ。
壁に激突してくず折れるタイランだが、クルムアは仲間を制して攻撃を中断させた。
左指で裂かれた右胸の傷口を確かめる。
「思ったより深くやられた」
同じく肩をやられたタイランは冷や汗をかきつつ十人のズメウを睨みつける。
左肩が上がらない。
脱臼で済むレベルではなさそうだ。
ズメウたちはタイランの前にそれぞれが仁王立ちし、クルムアの攻撃再開の合図を待っている。
「こっちだー」
「急げ! 姫神の間だ」
その時になってようやく事態の異変に気が付いた憲兵たちが集まる声が聞こえてきた。
「貴様か」
クルムアが振り返ると、ショウジョウの老人が壁際の吊り紐を引きながら喘いでいた。
「憲兵どもが集まってくる」
「面倒だな。ここにもう用はない」
ひとりのズメウが頑丈な鉄製の窓枠で閉じた強化ガラスを粉砕した。
たちまち部屋内に浮遊石嵐の強風と細かな石つぶてが飛び込んでくる。
「久方ぶりに楽しんだ。また会おうぞ、ハヤブサの弟子よ」
十人の竜人はマントをひるがえすと背中に畳まれていた大きな竜の翼を広げて嵐の外へと飛び出していった。
タイランは最後のひとりが飛び立つ背中を見送ったあたりで、視界がブラックアウトし完全に意識が途絶えてしまった。




