657 Stormbringer 【嵐をもたらす者たち】
「空振りだったか?」
街の入り口に立ち、中心部を振り返りながらタイランは嘆息した。
ここは「聖なる」と形容される街〈シャニワール〉。
二つある大きな大陸の東側、緑砂大陸の東南地方に属する。
北側は猫耳族と兎耳族の領有する浮遊石地帯。
南に狐狗族、西に犬狼族、東は猿人族の棲む密林が広がる。
この五つの亜人種族が共有するのが中心にある街、聖なるシャニワールであり、この地を総称して五氏族連合と呼ぶ。
タイランはこの地に、紅姫のアユミを探して訪れたのだ。
情報源は同郷の白い鳥騎士ナキである。
ハイランドでの騒乱の折、タイランはカムルート砦でナキと邂逅した。
その際にアユミが東へ発ったという話を聞いた。
同行者としてエルフの女王であり、マラガの盗賊ギルドマスターでもある人物がいたという。
危険人物だ。
一刻も早くアユミの無事を確認したかった。
だがナキのその情報からもすでに一年が経過しようとしている。
アユミが東へ向かったというのであれば、この街にも来ているはずだが、どうやらその足跡は途絶えてしまったようだ。
同行するエルフの女王ト=モに連れられ、シャニワールの要人にコンタクトしたらしいことまでは掴めた。
だがそこまでだ。
その要人とは会う事すらできていない。
自分は今や調停者クァックジャード騎士団を破門されている。
なんの後ろ盾もない一介の騎士崩れでは、門前払いを喰うのも当然だろう。
「信念だけでは通用しないことも多分にあるさ」
結局この街でもアユミを見つけることができなかった。
仕方なく街を後にしようとしたのだが、そこで街の門番に止められた。
「浮遊石嵐が近付いています! 今外に出るのは危険なので、建物内に避難してください」
「ガム・デ・ガレ? 浮遊石地帯はもっと北ではないか」
「この一年、嵐はここ、シャニワールにまで到達するんですよ! 浮遊石を伴った嵐です。危険ですから建物内に」
門番の声も次第に風でかき消されていく。
たしかに刻々と風が強まり、砂塵が舞い、目も口も無防備に開け放しておくのも耐えがたくなっていた。
「やれやれ。ガム・デ・ガレか。あの磁気嵐だけはお手上げだ」
浮遊石嵐は磁場を激しく狂わせ、鳥人族の飛行能力すら奪う。
身体のあらゆる神経回路が乱され活動困難に陥るのは少し前に経験済みだ。
仕方なしにタイランは近場の酒場へと引っ込んだ。
宿屋が併設された大きめの酒場だ。
今日はここで足止めかもしれない。
「自然が相手だ。怒るわけにもいくまい」
黄金色の幻想亭と銘打たれた看板が掲げられた宿屋兼酒場には、昼間からそれなりの客数が居座っていた。
大半は旅人や冒険者風であるところを見るに、タイランと同じく嵐を回避しようと訪れた者たちらしかった。
強風がガタガタと窓枠を打ち付ける隣の席にタイランが腰を落ち着けると、酒場の主人が注文した麦酒を運んできた。
「この街に鳥人族とは珍しい。観光には見えないね。何しに来なすった?」
主人は犬狼族の中年男性だ。
濃いグレーの体毛の下にはなかなか鍛えたらしい良い体格が滲み出ていた。
タイランを警戒しているような節も若干あるが、それよりも酒場を取り仕切るための情報収集に余念がない、と言った方が大きいかもしれない。
「人探しだ。が、上手く行かなかった。街を出ようとしたが」
タイランは答えて窓外に目をやる。
「ああ。この一年、結構な頻度で嵐がこのシャニワールにまでやって来る。おかげでウチは儲かるがな」
「この一年の話なのか?」
「そうさ。嵐流予報局は異常気象だって言ってるが、街の者はもう少し迷信深くてな」
「というと?」
「姫神さまのお怒りだそうだ」
主人の話では一年前、この店を定宿にしていた緑砂の狩人一行が、冒険者に転向して街を出て行こうとした。
しかし出発の朝、その冒険者一行はこの街の憲兵たちに包囲された。
一行に加わっていたひとりの娘が姫神と言う特殊な存在だったらしく、評議連のジイさまたちが彼らを拘束しようとしたのだった。
しかしその捕り物は失敗に終わる。
その時に予期せぬ巨大な浮遊石嵐が発生したためだ。
「その日を境に頻繁に嵐がこの街付近にまで発生するようになっちまった。みんなして、姫神さまのお怒りを買ったんだってな」
「そうか」
姫神を知るタイランからすれば、彼女たちがそんな神懸かりな存在でないことぐらいわかっている。
だがこのような辺境ではそんな迷信がはびこるのも無理はない。
「もしかして、その一行のリーダーは猿人族だったか?」
「こりゃ驚いた! お客さん、シャマンをご存知で。あれ以来この街から姿を消しちまったが、今ではみんな、あいつらのことを嵐をもたらす者たちって呼んでますぜ。ま、本人たちは知らないでしょうが」
ガハハハ、と笑う主人は、共通の知人を得てタイランへの警戒を解いたようだった。
心ひそかにタイランはシャマンへと感謝した。
「まあそれでも、評議連はつい最近、姫神さまをお迎えして今も丁重に扱ってるそうなんでね。この異常気象もそのうち収まるんじゃないかな」
「姫神を迎えた?」
「ああ。なんてったかな? ミナ……ナミ……。ああ、いや、ユミ……なんたらユミ、だったかな」
タイランには到底無視できない話だった。
「親父、詳しく聞かせてくれ」




