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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: あずえむ
第七章 神威・継承編

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655  blizzard 【花吹雪】


「この部屋、日が入らなくなってしまったわね」

「そうね」


 宮殿の一角に設えた、この部屋は法王のための執務室。

 ハナイはひとりの客人を出迎えていた。

 彼女の名はヒガ・エンジ。

 若くしてエンジ家の当主を継ぎ、稼業をより大きくした商才の持ち主。

 あの自由都市マラガにおいても成功をおさめ、街の一切を取り仕切る五商星にまで上り詰めたこともある彼女は、今やエスメラルダの法王であるハナイにとって、数少ない気心を許した友人であった。

 まだ少女と言える頃、神学校で共に青春を送った間柄である。


「でも容赦のない灼熱の太陽を遮ってくれる、私たちにとっては有難いことかもしれないわ」


 窓辺に立って大樹を見つめるハナイはそう答えてヒガに振り返った。


 眩しい。


 ソファーに掛けたヒガはハナイの姿を見て一瞬たじろいだ。

 それは羨望だと思った。

 法王に就いたハナイの自信、あるいは気負いが圧となったのか。

 それとも、若き日より抱いている、心の奥に隠した想い。

 ヒガは水蜜桃のジュースを一口すすり、気を静めた。

 改めて、ハナイ越しに窓外の大樹を見やる。


「あの樹の調べはついたの?」


 宮殿よりもはるかに巨大な、山のような釣り鐘型の幹を誇る大樹は、王都の三割を覆うほどに枝葉を伸ばし、この街にかつてなかったほどの木陰を提供してくれている。

 枝には薄桃色の花が咲き、時折り風になびいて雪のような花びらを街中に降らせていた。


「神学者たちが言うには、伝説にある女神サキュラの依り代、サエーワの大樹だと言うわ」

「信仰心の厚い者らしい見解ね」

「この国ではそれは正常よ」


 少し咎める調子がハナイにはあった。

 ヒガは肩をすくめる。

 長いこと盗賊都市と揶揄されるマラガに居たので、自分自身でもやや俗物化したものだと思っていたところだ。


「それで?」


 話の先を促す。


「騎士団によれば危険な生物などは見受けられないと。それで学者を何人か派遣したのだけれど……」

「どうしたの?」


 ハナイは少し言い淀んだようであったが、ありのままを話すことにしたようだ。


「幹の内部がとてつもなく広い空洞になっていて、そこら中に別の植物が密生しているらしいの」

「木の内側が密林にでもなっているの?」

「そこまでではないけれど、ちょっとしたダンジョン構造ではあるわ」


 ハナイは学者だけでは危険と判断し、騎士団を使い内部調査を進めるつもりでいると明かした。


「それもいいけど、広く冒険者を募るのもいいかもしれないわね」


 ヒガは一般的な対処法を述べたつもりであったが、この国では難しいかもしれないとも思った。

 女性が多い砂漠の宗教国家である。

 厳格さと神聖さを尊び、かつ慈愛を是とする。

 他国の流儀とはいささか相容れないものがある。

 外国勢が増えれば増えるほどその流儀は脅かされることになるだろう。


「考えてみるわ。でも当分は学者筋に限定すると思う。……実はね」


 ハナイの言うにはここからが重要機密に接するという。


「その密生している植物というのが、多種多様な薬草類ばかりらしいの」

「そんなことッ」


 にわかには信じがたい。

 あまり常識的とも思えない。

 しかしそれを言ってはあの大樹の出現自体、不可思議を通り越して神秘的過ぎるのだ。


「もしそれが事実なら、この国は大変な資産を手にしたことになるわね」

「まさに慈愛の女神サキュラの思し召しだと思うの」


 それもハナイの即位直後である。

 これはますます持ってハナイの神秘性、聖女としての拍が付いたものだとヒガは思った。


「話は変わるけれど、この事件の発端となった公衆浴場の件、真実を隠ぺいしたのね?」


 十数人の客を飲み込んだまま、ヘルスライムが地下へ降り、そこでこの大樹が発見された。

 ヘルスライムは浴場〈バブリーミューズ〉の経営者が、無害なヘルススライムを浴槽に混ぜ込んだが、実際はよく似た別のスライム、それも上位魔神(エルダーデーモン)の一種であるヘルスライムであったという。

 なんとも笑えない間違いを犯したものだが、幸いにも死傷者は出なかった。

 この件での公式発表では、地下から予期せず出現した異界の魔神により引き起こされた、という事になっている。

 〈バブリーミューズ〉の過失をなかったことにしたのだ。


「真実を知ってはあの浴場を体験した者の中で|心的外傷後ストレス障害《PTSD》を発症する者が多く出ることが予想されます。表向きは不慮の事故としましたが、経営者には国内での経営免許を剝奪しました」

「どうせ別の街でまた同じことを仕出かすと思うけど」

「まっとうな商いならば止める理由はありません」


 ハナイがヒガをじっと見つめる。


「私を盛り立ててくれるのはうれしい。でも……お願いね」

「……ええ、わかってるわ」


 ハナイがどこまでヒガのことを知っているのかはわからない。

 だがヒガは裏からハナイを手助けする気持ちに変わりはなかった。

 盗賊都市で過ごした時間は、彼女に必要な物が何であるかを学ばせるに十分な時間だった。


「約束するわ、ハナイ。サキュラに恥じるような事はしない。誓って」


 ハナイ越しに窓外の大樹が良く見えた。

 風が強く吹いているのか。

 薄桃色の花びらが、ただヒラヒラと踊るように舞い散っていた。


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