645 Golden dress 【黄金のドレス】
「ミナミッ、姫神になれッ」
黄金の大剣〈土貴王飢〉を握りしめたミナミの耳に、張り裂けんばかりのシャマンの声が届いた。
「ッ……」
剣を掴んだままミナミは狼狽えた。
「姫神に……金姫に……」
なるべきなのはわかっている。
ならねばならないのはわかってる。
なった方がいいのはわかってる。
ならないと助かりそうにもないこともわかってる。
「姫神に…………」
ならないといけない。
なった方がいい。
なるべきだ。
なるチャンスだ。
なればきっと大丈夫。
大丈夫?
「…………ッッッ」
息が詰まりそうになる。
声を出そうとすると苦しくなる。
姫神になれば大丈夫?
姫神になれば強くなる?
姫神になれば勝てる?
勝てる?
「ッ!」
その瞬間、ミナミの脳裏に怪物の姿がよみがえる。
偉丈夫の身体に獅子の頭。
獅子の頭の横に竜の頭と山羊の頭。
怖いッ!
姫神になってもあの化け物には勝てないッ!
姫神になればまたあの化け物がやって来る!
また私は勝てなくて、また私は囚われる!
そうなったらもう助からない。
姫神になったらもう助からない。
「どうしたミナミッ」
「金姫になるんだ、ミナミッ」
「ミナミィッ」
仲間たちの声は聞こえる。
でもどうすることもできない。
姫神にならないと勝てない。
でも姫神になっても勝てない。
「どうしたんよ、ミナミッ! 金姫になるんよッ! でないと……」
レッキス?
ああ、レッキスが必死に訴えてる。
いつもどんなに苦しくても、絶対に余裕あるように振る舞うのに。
「くっ、うう」
肌がヒリヒリする。
レッキスもそうかもしれない。
このまま、私たち、死んじゃうかもしれない。
「ミナミ……」
レッキスの声がかすかに聞こえる。
彼女の伸ばした指先が、ミナミの手に少し触れた。
少しだけ触れて、すぐに届かなくなる。
「ごめんね……レッキス……」
これで最期なんだと思った。
ドクンッ!
「ッ!」
胸の奥で、鼓動が響いた。
ミナミはそれが、死にゆく前兆なんだと思った。
『愚か者め。そんなに恐れることはない……』
「ッ」
声が聞こえた。
仲間の声ではない。
『チカラを解放してやろうぞ……』
声は内から響いてきた。
とても冷たい声に聞こえた。
………………。
…………。
……。
ッパァッッッッッン!
突然ヘルスライムの赤黒い身体が弾け飛んだ。
サエーワの大樹にまとわりついていた巨大な粘液質の物体は、細かな粘液質の飛沫となって四散した。
体内に囚われていた十数人の全裸の女性たちも弾き飛ばされ、地下空洞に広がる泉に受け止められる。
「キャゥッ」
レッキスも弾き飛ばされた。
彼女が突然の力の発信地に最も近かったため、一番遠くへと弾き飛ばされていた。
「なんだ!」
「すごい力の波を感じるぞ」
「ミナミが姫神になったのか?」
「いや、いつもの金姫とは何かが違うような……」
シャマンたちは固唾をのんで見守る以外なかった。
内側から破裂したヘルスライムの巨体はゆっくりと大樹から剥がれ落ちようとしている。
その中心に見るからに力の奔流がほとばしっているのがわかる。
「黄金色の……」
レッキスは身を起こしながらその光を見つめていた。
そこによく知っている、そしてよく知らない女がいる。
全身黄金色に輝くドレスをまとった女。
「わらわは金姫。土よりヒトを生みし創世の女神。〈旧きモノ〉女媧を宿す姫神なり」




