640 slim island 【スライム島】
「スライム……風呂……?」
ラゴ以外の全員が理解できない表情をしている。
「スライムってのは、あの、モンスターの?」
「そうです。そのままではなく、品種改良しているようですが、そのモンスターのです」
メインクーンの確認をラゴは肯定した。
「なんでスライムの風呂なんて考えが出てくるんだ?」
「ここが美容を謳っていたので、まあ思い付きですが、合ってましたね。みなさんは世界で一番美しい生物はなんだと思われますか?」
ラゴの問いに一同は首をかしげた。
「世界で一番美しい生物? 生物?」
「あたしは熱帯魚だと思うにゃ。カラフルな奴」
うんうん唸るシャマンの横でメインクーンは熱帯魚だと答えた。
「オレは自身を律することのできる者ならば種族問わず美しいと思う」
「ウィペットの言い分は精神性に振りすぎじゃ。それならば赤子ほど尊いものはない」
「それは無垢であり美しさとはまた違うのではないか?」
クルペオの赤子という答えもまた穿ちすぎだとウィペットは反論する。
「駄目だ。酒場のネーチャンしか思いつかねえ。答えはなんだよ、ラゴ?」
シャマンがラゴに食って掛かる。
「私ら魔物使いの間ではですね、最も美しい生物はスライムってのが常識なんですわ」
「ここでスライムか」
「西の辺境大陸のさらに向こう、南洋に浮かぶ辺鄙な場所にある島をご存知で?」
全員が首を横に振る。
「そこはブレナン島、別名スライム島と呼ばれています。絵に描いたような南国で、その島には多様なスライム種が生息しているからです」
実はその島にはスライム以外にも少数ながら現地で暮らす人々がいるという。
その者たちは文明とは隔絶した生活を送っているそうだが、これがひと目でわかるほどに美肌なんだという。
その秘訣がまさしくスライム風呂。
スライムと共生する彼らは宝石のように光り輝く素肌をしているというのだ。
「本当かよ?」
「私も話に聞いただけで直に見たわけではないですがね。ですが美容業界ではまことしやかに語られていまして、闇市では結構法外な値段でスライムの取引が行われていたりするんですよ」
それもマラガの闇市ではかなり頻繁に行われているそうである。
「レッキスさんとミナミさんが話していたのを聞いて、これはもしやと思った次第です。他の浴槽を調べてみましたが、確かにあれはスライムです。ただしほとんど生体反応がありませんでした。仮死状態に近いです」
「品種改良していると言っていたな。危険はないわけだな?」
ウィペットの質問はもっともだ。
スライムに襲われたらひどい目に遭うとは冒険者でなくとも周知の話だ。
「ですから言いました。客に内緒で、てね」
「おい、それってもしかして」
「ここの従業員にどれだけスライムを熟知している魔物使いが雇われていたか。スライムは品種を見抜くのも飼育するのも非常に難しいんです」
青ざめるシャマンにラゴは淡々と事実を告げた。
「それで、おぬしは行方不明のレッキスたちは何処へ行ったと考えておるんじゃ?」
「そうだぜ、クルペオの言うとおりだ! 今大事なのはあいつらの居場所だ」
「それはおそらくですね……」
ラゴが湯の抜けた大浴場の排水溝を指差す。
「あそこから、逃げたんだと思います。客たちを飲み込んだまま、この大浴場に収まるほどに巨大なスライムが」
「おう、マジか」
シャマンが天井を見上げて嘆息する。
これから地下排水溝へ、スライムを追って降りてゆかねばならないのだ。
「ラゴ、あんたにはその巨大スライムの正体や特徴は見当つくかにゃ?」
メインクーンの懸念は当然だ。
スライムと一口に言っても多くの種類が存在する。
特定の種が判断付けば捜索もやりやすい。
中には岩の中に浸み込んで急襲するタイプもいる。
スライムをひっかぶれば金属製の武具は腐食し、肌に浴びれば言わずもがなである。
「できれば冒険中には遭いたくねえモンスター筆頭だしな」
「そうですね。そうは言っても公衆浴場に潜ませて今までやり過ごせてきたやつです。危険な種ではないでしょう。おそらくヘルススライムだと思います」
「ヘルススライム?」
ラゴの言った種は初耳だった。
「これこそがそのスライム島の住民の美肌をこさえてくれているスライムです。肌に着いた汚れや雑菌、角質を除去してくれるスライムで、それがそのままエサになるんです。なので人間と最も共生できるスライムなんですよ」
「よくわかんねえが、とにかくそう危険でもないんだな。クーン、排水溝の下はどうなってる?」
シャマンが先行して排水溝回りを探索しているメインクーンに尋ねる。
「排水溝の下はハイランドのような下水道ではないみたいにゃ。自然の洞窟みたいになってる」
「砂漠の街だしな。水はいくらでも浸み込んでいくんだろう。よし、じゃあ行くぞ」
ラゴを含む五人は「えいやっ」と気合を入れて地下へと降り立った。




