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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: あずえむ
第一章 姫神・放浪編

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064 トカゲ族とカエル族


「なあおい、見たかさっきの? すっごかったなあ」


 アマンは波打つ小さなボートの上で立ち上がり、山向こうに目を凝らしながら同乗者の少女に向かって話しかけた。

 まさに興奮冷めやらず、といった風で、漕いでいた櫂を放り出していた。

 少女は慌てて波間に漂うそれを拾い上げた。


「立つと危ないよ、アマン」


 はしゃぐカエルを諫めたのは、赤い髪色をしたニンゲンの少女であった。


「なあ、アユミも見ただろ? 山の向こうのはずなのに、でっかい光の柱と黒い風の渦が見えたんだよ。あれなんだろうな」

「知らないよ」


 いつまでもボートを漕がないアマンにアユミはプイッと横を向いて拗ねてしまった。


「なんだよ? なんで怒ってんだよ」

「怒ってない。拗ねてるんだ」

「はっはぁん。わかった」


 アマンが何もわかってなさそうな笑顔でアユミを見る。


「その服が気に入らないんだろ? でもそれしか手に入らなかったんだからさあ」


 アユミはゆったりとした白い衣服を纏っていた。

 胸元と肩から先が大きく露出した服で、スカートもひだの多い膝上のもの。

 足元は脛まで編み上げた革製のサンダルを履いているだけだ。

 生地も薄手だが今は初夏のため寒くはない。


「ニンゲンの国に行ったらお前に似合う服もいっぱいあるさ。買いに行こうぜ」

「……うん」


 本当はそんなことどうでもよかったのだが、ここで意固地になると面倒なだけだ。

 アユミは少々照れ臭そうにはにかんで、拗ねたことを全部忘れた。


「さ、行こう」


 二人を乗せた小さなボートは湾外へと出て海を渡る。

 アマンが生まれ育ったこの西の大陸から、海の向こうの東の大陸へ。

 まず目指すは東の玄関口、盗賊都市と名高いマラガの港町だった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 荒廃したカザロの村にトカゲ族(リザードマン)の本国トゥシェイドから援軍が到着した。

 シオリとレイがこの地で激突してから三日が経過していた。

 およそ五千のトカゲ兵を引き連れた二人の武将、トルクアータとマラカイトは、出迎えのない村の様子に違和感を覚えた。


「おかしいぞ、トルクアータよ。我が軍が駐留しているにしては、やけに静かすぎると思わぬか?」

「……確かにな、マラカイト。兵の姿も見当たらぬ」


 入り口から村へと入るとようやく見知った顔が迎えに現れた。

 黄色い鱗のトカゲ族、ゲイリートはトルクアータとマラカイトの到着を喜んだ。


「さすがに早かったな。本当に七日で到着するとは。本国からわざわざご苦労であった」

「おう、ゲイリート! モロク王の無茶な命令はいつもの事だからな。ちゃんと間に合わせて見せたぞ」


 わっはっは、と大笑するトルクアータを一瞥し、ゲイリートは二人を村内へと案内した。

 村の中央に設置されたひと際大きな天幕の前でゲイリートは「ここだ」と告げた。

 トルクアータとマラカイトの違和感はいよいよ大きくなっていた。

 ゲイリートは何やら塞ぎがちで、村内を見渡しても兵の数が少なすぎる。

 それにかすかにだが、嫌な臭いが漂っているようだ。


「しかしトルクアータよ。なにやらおかしな雰囲気だとは思わぬか? 兵が少ない。それになにやら匂うのはオレだけであろうか」

「いや、マラカイト。あれを見ろ。あれはなんだ?」


 トルクアータが指し示す先に異様な集団がいた。

 二百近い数の人影が整然と立ち尽くしているのだ。

 よく見るとトカゲ族の姿に見えるが、中にいくつかカエル族らしき姿も見える。

 異様なのはその者らがあまりに身動ぎもせず、話もせず、ただそこにいるだけなのだ。


「何とも不気味な。ゲイリート、あいつらは一体……」

「中に王がおわす」


 答えずにゲイリートはさっさと天幕の中へと入ってしまった。

 慌てて二人も後を追う。

 天幕の中はきれいに整頓され、絨毯まで敷かれていた。

 正面奥に二つの大きな椅子が置かれ、それぞれに巨体が腰を沈めていた。

 それはトカゲ族のモロク王とカエル族の長老、大クラン・ウェルであった。

 モロク王の隣には負傷したままのボイドモリが立ち、同じように大クラン・ウェルの隣には痛々しい姿を晒したカエル族が一匹座り込んでいた。

 インバブラであった。

 モロク王に斬られた左腕は肘から先がなくなっており、背中を鞭で打たれたためか、背を丸め前のめりになりそのせいで上目遣いの卑屈さが増していた。

 そして天幕にはもうひとり、全身を黒革の衣装に包んだ魔女オーヤが立っていた。

 トルクアータとマラカイトはモロク王の御前に跪いた。

 何やら様子がおかしかった。

 そもそもモロク王と同じ高さにカエル族の長老が座しているのが気に食わない。


「王よ! 我ら本国より参上仕った。お言葉をいただきたいッ」


 トルクアータの言上にモロク王は沈黙で答えた。

 場に静寂だけが漂う。

 眼をしばたたせてもう一度問う。


「王よッ」

「無駄だ、二人とも」


 ゲイリートが二人を諌めた。


「ここにおわすのはモロク王だったモノに過ぎぬ。無論、隣もだ」

「なッ」

「ゲイリート。王に対してモノ、などと」

「聞け、二人とも。王は……生ける屍と相成った。もはや自我を持たぬ、人形も同然だ」


 ピクッとボイドモリのまぶたが痙攣する。

 王の事、理解はしているが、ゲイリートの人形という発言は気に入らなかった。


「どういうことだ?」

「モロク王は死んでゾンビーとして蘇ったのよ。我らが黒姫のチカラでね」

「貴様は黙っていろ」


 口を開いたオーヤをゲイリートは一喝して黙らせた。

 この状況を楽しんでいる節が見える魔女をゲイリートは憎らしく思っていた。


「魔女が戯言をッ」


 トルクアータはオーヤの言う事を信じられず、険しい目つきで睨みつけた。

 彼はこの魔女が嫌いだった。

 必ず何か良からぬことを企んでいると、そうモロク王にも進言した。

 だがそれが理由で遠征から外されたと思っている。

 思い過ごしならばそれでよい、そう思っていたのだが、ゲイリートまでが魔女と同じことを言うのである。


「王は死んだ。だがその志は引き継がねばならない。我らトカゲ族が世界を征する。無論、我ら四人の幹部でだ」

「当然だ。我ら以外にありえぬ」


 それまで沈黙を守っていたボイドモリがゲイリートの宣言に同調した。

 思ってもみなかった事態にトルクアータとマラカイトは動揺していたが、次第に冷静さを取り戻しつつあった。


「しかし、どうすればいいのだ」

「まず、モロク王の死は伏せる。そして……」


 ゲイリートはそこで唇をかんだ。

 そこから先の方策は彼もまだ納得していなかったのだ。


「宣言するのよ。全世界に向けて。あなたたちトカゲ族と、カエル族が諍いを捨て、同盟を結んだことを」

「同盟だとォ」

「そして宣戦布告するの! 先の亜人戦争を今再び、私たちは東の大陸へと戦乱を起こすのよ」

「ま、待て、そんな事! 無謀だッ」


 たまらずマラカイトが悲鳴を上げる。


「ゲイリート! ボイドモリ! 貴様らが付いていながらなんだ、この有様はッ」

「なぜ黙っている。魔女の口車に乗るつもりか? こやつは何かを企図している。我らを利用しているのは明白であろう」


 トルクアータとマラカイトの非難に対し、両名ともに黙ったままだ。

 代わりに口を開いた者がいる。


「なんだなんだ? トカゲ族の幹部ってのはこうも腰抜け揃いなのか?」


 それまで黙って話を聞いていたインバブラが割って入ったのだ。


「なんだと」

「貴様、カエルの分際で」


 いかに威嚇されようとも、インバブラは怯まなかった。

 トカゲ族は混乱し、自分は命を繋いだ。

 ここからは上へと這い上がるだけだった。

 すでに地獄は見たのだ。


「いいか? お前らの大将は死んじまったんだ。だがそれを知る者は少ない。だからその死は隠せばいい。そして、犬猿の仲と言われた二つの種族が戦争を始めるために手を組んだとなれば……さぞ世界は驚くだろうよ」


 ククク、と笑うインバブラだったが、ボイドモリが食って掛かる。


「別に貴様を生かしておく意味はないんだ。デカい口を聞くんじゃねえ」

「あーあ、ったく、わかってねえな」


 インバブラはわざわざボイドモリの面前まで出向いて肩をすくめて見せた。


「だからな、オレらの大将はただの人形同然なんだよ。そしてここに生き残っているカエル族はオレ様しかいねえ。わかんねえか? 同盟に真実味を出すのに表に出るのがトカゲ族だけじゃ話にならねえだろうが」

「貴様……」

「おっと、オレ様が憎いか? けどトカゲ族だけじゃあ世界は見くびるに決まってるぜ。我慢しときな」


 ボイドモリは拳を握りしめながら怒りに耐えている様子だ。

 インバブラは内心で冷や汗をかきつつ、ここが正念場と最後の条件を焚きつけた。


「それともうひとつ、はっきりさせとくぜ。オレ様の意見はカエル族を代表しての意見となるが、トカゲ族はお前たち四匹で一匹分だってことだ」

「なにッ」

「当然だろう。カエル族とトカゲ族、対等に組むならオレ様の価値はお前ら四人分ってことになる。不服ならそっちも誰かひとりを代表に祭り上げろって話だ。仲良く譲り合えるならな」


 もう一度、嫌なら同盟はなしでもいい、その代わり世界も相手にしてくれないだろう、と付け足してやった。

 笑うインバブラに全員が怒り心頭の様子である。


「か、簡単に言うが、そもそも戦争など起こして勝算があるのか?」

「姫神さまのチカラを見ればそんな疑問は吹っ飛ぶさ」


 インバブラの発言にゲイリートも、ボイドモリまでもが沈黙で同意を示していた。

 トルクアータとマラカイトはまだそこが信じられなかったのだが。


「姫神、か。果たしてどれほどの者か。そもそもそいつは一体、今どこにいるのだ」

「目の前よ」


 フフフフ、とほくそ笑むオーヤにトルクアータとマラカイトが訝しむ。

 目の前というが、そこには二つの椅子に座る二つの巨体以外に誰もいない。

 あえて言うならば二つの椅子の間、その奥に黒い棺桶が立てかけられているだけだ。


「待て。その棺はなんだ?」


 オーヤが嬉しそうに妖しく嗤った。



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