637 missing 【蒸発】
今、シャマンとウィペットは、広い庭園に設けられた池のほとりに佇んでいる。
でかいヤシの木が数本と、静かに揺蕩う池の水。
東屋は白大理石で目の前のテーブルには菓子や果物が並んでいる。
二人の正面には三人のご婦人方がゆったりとしたソファーでくつろいでいる。
三人ともニンゲンであり、三人とも美しいが中年の域に入っている。
そして三人とも立ち居振る舞いは尊大であった。
ひとりはこの屋敷の主であり、三人ともに今回の依頼主となる予定である。
「どうにも怪しいあの〈バブリーミューズ〉の裏側を探ってほしい」
最初に顔を合わせた時、依頼書に書かれていた通りの依頼内容を言われた。
この三人はエスメラルダの王都で商売をしている。
その中核となるのが公衆浴場の経営である。
ところが新興の〈バブリーミューズ〉に多くの客を奪われてしまった。
サービスに差があったと言うならば致し方ない。
だがそれほどの違いは見受けられない。
「そもそも一度や二度の来店であれほどに肌ツヤが良くなるというのがおかしいではないか」
「はあ」
そう憤るご婦人方にシャマンは適当に相槌を打つ。
最初面通しがかったとき、依頼主たちは軽い失望を見せていた。
来たのが亜人、それも猿人族と犬狼族であったからだ。
美容にまつわる知識も興味も持っていない、ガサツな冒険者としか思えなかった。
しかも犬狼族に至っては異教の神官戦士だという。
だが三人は気を取り直した。
実はこの依頼は募集を開始してからとんと反応が鈍かったのである。
事件性の確証はなく、仮に悪事を露呈したとしてもこれほどの人気店である。
逆に街の人々から恨みを買うかもしれない。
そのためシャマンたちのような旅する冒険者でなければ引き受ける者がいなかったのである。
それとシャマンが、自分たちは六人パーティーで、うち四人が女性である、と告げたことも功を奏した。
「調べた結果、なんの悪事もありゃしなかった、という場合も報酬はいただきますよ?」
「ちゃんと調べたという証拠を提示すれば、ですよ。適当な調査で誤魔化しは通用しませんからね」
「わかってますよ」
シャマンとウィペットは依頼の手続きを済ませると依頼主の館を後にした。
「どういう手はずで行くのだ?」
通りを歩きながらウィペットがシャマンに尋ねた。
「まずは今夜にでもクーンに盗賊ギルドへ行ってもらう。あの店の評判を確かめてもらう。明日になったら全員で店へ行く」
「入場できるのは女性のみだそうだが?」
「そうだ。だからオレとお前は外で待機だ。女どもに中を調べてもらう」
ウィペットが嘆息した。
明日は一日中、太陽と砂ぼこりにまみれる事になる。
「結局さあ、休暇とはいったい? てことになるんだよねぇ」
すっかり二日酔いから醒めたメインクーンが、シャマンに文句を垂れながらも盗賊ギルドへと向かった。
二時間ほどでメインクーンは戻ってきた。
盗賊ギルドの仲間内でも〈バブリーミューズ〉は話題になっているらしい。
実際に客として出向いた女盗賊も多く、その大半がレッキスとミナミ同様、楽しんだという感想を持ったそうだ。
ギルドとしても裏がないかと探ってはみたが特に何も問題はなかったそうである。
ちなみにメインクーンが昨日会ったギルドマスターのボンドァンには会えなかったそうだ。
シャマンはそこはどうでもいいと聞き流した。
「で、レッキスとミナミはまだ帰ってこねえのか?」
一通り今日の報告が済んだというのにレッキスとミナミは宿に戻っていなかった。
昼間に〈バブリーミューズ〉へ出かけたっきりだ。
「明日に備えてあの二人にもいろいろ話を聞きてぇってのによ」
「まあまあ。そもそも休暇中だと思っておるのじゃし、無理もないわい」
クルペオは酒を煽りながらシャマンをそう聡した。
「おや、みなさん、お揃い……ではないですね」
「おう、ラゴ。お前さんも今帰ったのかい?」
四人のテーブルに魔物使いのラゴが着席した。
「いやあ、実は今戻る途中で例の人気の公衆浴場の前を通りかかったんですけどね。なにやらひと騒動あったみたいでしてね」
「ん?」
「なんでも客が数人、行方不明になっちまったそうなんですよ」
「なんだって?」
「あれ? そういえばレッキスさんとミナミさんはいらっしゃらないようですけど。まさか……?」
全員の顔色が青くなる。
「おい、詳しい話を聞かせてくれッ」
シャマンがラゴの襟首をつかみかからん勢いで尋ね込んだ。




