636 easy quest 【簡単な依頼】
「でね、その湯舟がまた気持ちよくってさ! 浸かってるだけで肌がヌルヌルスベスベしてくるんよ! ね、ミナミ」
だいぶ上気した顔でレッキスが目の前に座る仲間たちに熱弁をふるっている。
「ほんとに気持ちよかったよ。あれあれ、レッキス! あの箱詰めされたやつ」
ミナミもだいぶ元気に返している。
その様子に最初は戸惑ったものの、良い傾向だとウィペットやクルペオは次第に安堵していた。
人気の公衆浴場〈バブリーミューズ〉から帰ってきたレッキスとミナミは、その日夜までご満悦で、遅れて帰ってきた他の面々に楽しんだ一日を存分に語っているところだった。
「あーあれね。箱詰めされたやつ! キシシッ」
「なんじゃ、それはいったい?」
思い出し笑いをかみ殺すレッキスにクルペオが話を促す。
「私とミナミが体験したんだけどさ、樽の中に入るんよ。で、首から上だけ出るように穴の開いた蓋を閉められてね」
「で、樽の中いっぱいにお湯が入れられるの。そのお湯が不思議なことに樽の中で対流してて、全身がすごいマッサージされてる気分になるんだよ」
ミナミも加わり熱弁を振るい始める。
「ほお。それはいったいどんな仕組みなんじゃ?」
「さあ? なんか樽の中に仕掛けがあるんだと思うけどね。気持ち良すぎてそんなことどうでもよかったよ」
「しかも出てきたらお肌がスベスベでね」
確かに今の二人は顔色もよく肌ツヤも良く見える。
「まあまあ、楽しんでこられたようでよかったですね。私もおススメした手前、一安心ですよ」
「ラゴさんの言うとおりだったよ。すっごい人気みたいでね」
「私とミナミは明日も行くつもりなんだけどさ、クルペオとクーンもどう?」
「すまんが明日は術に使う符をしたためるつもりなんじゃ。時間のあるうちに補充しておかねば不安でな」
クルペオは申し訳なさそうに辞退した。
「あたしもパスぅ。飲みすぎで明日は死んでる予定~」
「たしかに、ちょっと飲みすぎたな。安酒は悪酔いしちまう」
「てことであたしはもう寝るにゃぁ」
一番最後に帰ってきたのはシャマンとメインクーンだった。
二人ともだいぶ酒を飲んできたようで、こんなに突っ伏している様は珍しい。
「なぁんだ、つまんないの」
「仕方ないんよ。明日もうちら二人で楽しんでこよう」
「おー!」
「いやはや残念です。混浴ならば私もご一緒したかったんですけどね」
ラゴはいささか残念そうだ。
「あー。でも男の客はいなかったしね。けどよくあんな施設が造れるもんだね。さすがエスメラルダ」
「さすがに火の精霊の強い国ですしね。たしかにこの国の気質に合った商売かもしれません」
「お堅いハイランドや危険なマラガでは考えられない商売という訳だな」
ウィペットがしたり顔で相槌を打っている。
こうしてシャマン一行の短い休暇、初日は暮れていった。
明けて翌日。
レッキスとミナミはまた昼から〈バブリーミューズ〉へ、いそいそと出かけていった。
クルペオは昨日購入した魔法雑貨を並べて符をこさえている。
メインクーンは予定通り、真っ青な顔色でベッドに突っ伏していた。
ラゴはひとりで商店街へと繰り出したので、シャマンとウィペットが連れ立って冒険者ギルドへとやって来た。
昨日と同じ〈太陽と抱擁亭〉という看板の下がった冒険者の店だ。
「一応足しげく通っておかねえとな」
「結局、休暇とはとても言えない気もするが」
「好きなんだよ。オレぁ冒険がよ」
二人は店内に入ると様々な依頼書が張られた掲示板に目を通し始めた。
「なんかいいのありそうか?」
「ふうむ」
二人して丹念に依頼書に目を通していく。
しばらくしてウィペットが一枚の依頼書に目を止めた。
「シャマン。これを見てくれ」
「なんだ?」
そこには見出しに「怪しいあの施設の謎を探ってくれ」と書かれていた。
「なんだ、これ? なになに、最近流行りの公衆浴場〈バブリーミューズ〉は怪しげな設備で客をたぶらかしている、だって?」
「どうやら依頼主は複数の競合店で組んで募集しているようだな」
「〈バブリーミューズ〉ってあれだろ? レッキスとミナミが行ってる」
「ただのやっかみかもしれんぞ。人気店への」
「だが報酬はそこそこ出るようだし、探りを入れるだけならレッキスやメインクーンに客として潜り込ませればいいだけだ。休暇中の小遣い稼ぎにはもってこいだと思わないか?」
「まあそれほど危険でもなさそうだしな」
「じゃあ決まりだ。マスターに依頼を引き受けたって言ってくるぜ。そのあとで依頼主に会いに行こう」
依頼書を掲示板から引き剝がしたシャマンは、意気揚々とカウンターへ向かって行った。
この時はまだ、シャマンもウィペットも、そしてギルドのマスターからこの依頼主も含めて、誰もこの後にあんな大騒動へと発展するとは思ってもみなかった。




