632 take a break 【一休み】
「太陽と抱擁亭」と表の看板には書かれている店にメインクーンは到着した。
ここはエスメラルダ古王国王都エンシェントリーフにある冒険者御用達の店、冒険者ギルドである。
中に入るとまずまずの人の多さ。
見るからに冒険者風の一団の他にも店の従業員、そして困りごとを解決してもらおうと依頼の掲示に訪れている人々。
そういった者たちがひしめく、異様なごった煮感のない交ぜになった空間である。
「こっちだ! クーン」
入り口で真昼の日差しを背に、薄暗い店内を見渡しているメインクーンに奥から声が届く。
壁際にいくつか並んだ丸テーブルのひとつにシャマンが手を上げて呼び込んでいた。
目の前には空になった酒杯が置いてある。
酒場ほどではないが冒険者の店も酒が手に入ることが多い。
依頼を達成して冒険者たちが真っ先にしたいことと言えば乾杯なのだ。
そこの商機を見越して酒の提供をする。
いつしかそれは依頼達成時だけでなく、日頃の宴席に使われだしたとしても不思議はなかろう。
「それ何杯目かにゃ?」
「まだ二杯だけだ」
腰掛けるメインクーンを尻目にシャマンは三杯目のオーダーをした。
メインクーンは酒ではなく水蜜桃のジュースを頼んだ。
しばらく無言の時間が経過する。
メインクーンは運ばれてきたジュースで涼をとりつつ周囲を観察している。
シャマンもメインクーンに対し、どうだった? などとは決して聞かない。
周囲には多様な面々がひしめいている。
このような場所でメインクーンが尋ねた場所についてあれこれ会話にのぼらせるようなことはしない。
どのような輩がどのような立場で聞き耳立てているのか知れないのだ。
聞くにしても宿の部屋へ戻ってから。
理想を言えば街を出てから詳細を聞くぐらいでいい。
緊急の事変でもない限りは。
「ちょうどいい冒険の依頼とかあった?」
メインクーンが反対側の壁一面に張り出された依頼用の掲示板を遠目に尋ねた。
「いや、あまりなかったな」
エスメラルダは騎士団による治安維持が高いレベルでまとまっている。
そのため例えば魔物退治の依頼は冒険者よりも騎士団に直訴した方が確実で、なおかつ依頼料に悩まされることもない。
シャマンたち戦闘能力に秀でた一行にとっては最も自信ある分野がここでは極端に少ないのだ。
「多いのは探し物や荷物の運搬か。遺跡調査の護衛なんてのもそこそこあるが。今は気乗りしないものばかりだったぜ」
「身体を休める目的を忘れちゃいけないにゃ」
「そうだけどよ、路銀の心配もあるしな」
「お金の不安てのはいつまでたっても尽きることないにゃん」
「ちげえねえ」
面白くなさそうにシャマンは相槌を打った。
「まあ登録だけはしとくに越したことはねえ。それだけでも一歩前進したさ」
そう言ってシャマンが席を立つ。
「帰るの?」
「いや。飲みに行く。一緒に来るか?」
「あたしがいたら邪魔じゃないかにゃ?」
「そんな店じゃねえよ。もう色恋に興味も持てねえ歳でもあるしな」
「そこまで老けてないでしょ」
朝のやり取りを気にしていたのかと思い、とりあえず取り繕う。
「どっちみちこの街は女が多すぎてその手の店は見かけねえんだ」
「じゃあたまには付き合うにゃ。ただし代金はそっち持ちだにゃん」
「ああいいぜ。、たまには羽を伸ばさねえとな」
「羽目は外さないでよ」
「なるべくな」




