630 guild 【二つのギルド】
泊まった宿は値段の割に上等だった。
長らく続いた放浪生活に疲れたシャマンたち一行は、しばらくの間ここ、エスメラルダの王都で羽を伸ばすことに決定した。
とりあえず一週間程度の滞在を予定しており、その間は銘々の自由行動となった。
久しぶりのベッドで一晩休んだ翌日、猿人族の戦士シャマンは猫耳族の盗賊娘メインクーンと街へ出た。
朝と昼の間の時間ともなれば、砂漠の真ん中にあるこの街に太陽が白い光と熱気を届けてくれる。
五氏族連合の中でも熱帯雨林出身のシャマンと浮遊石地帯出身のメインクーンなので、砂漠の暑さには慣れていた。
「ふぅ。少しは疲れが抜けたかな」
肩をもみほぐしながらシャマンが小さく息を吐いた。
昨日レッキスからこの街に少し滞在してはどうかと提案されたとき、内心ホッとした自分がいたのを自覚している。
具体的な不調があるわけではないのだが、長旅が続くと体の疲れが抜けにくくなり、行動にも重さが感じられて仕方がないのだ。
「オレもそろそろ歳かな」
「なにじじむさいこと言ってるにゃ」
小柄な猫娘がジト目で下からねめつける。
「シャマンは幾つになったん?」
「あ? 四十を超えてら」
「何年か前に聞いた時も同じ答えだったにゃ。そろそろ五十路かにゃ」
「まぁだ半ばだ」
こぶしを振り上げるシャマンを無視してメインクーンはひょいひょいと先に進んだ。
宿は街の入り口に近い位置であったが、今進んでいるのは法王の居る宮殿とは反対方向に広がる繁華街だった。
とりあえず今日の目的地はふたつあった。
冒険者ギルドと盗賊ギルドへの顔出しである。
冒険者ギルドは冒険者向けの仕事を仲介してくれる場所である。
大きめの街には決まっていくつかの冒険者ギルドがあり、そこにメンバー登録しておくと仕事を斡旋してもらえるという仕組みだ。
当然名を上げれば実入りのいい仕事の斡旋も増える。
そのためにはそのギルドのある街を拠点に活動するのが有利なのだが、シャマンたちは基本、旅する冒険者なので、その点においては若干不利なのは否めない。
それでも未登録のまま仕事を受けるとその街のギルドの領分を犯すこととなり、冒険者仲間の間で悪名が流れてしまうことになる。
そうなると他所の街でも仕事がしにくくなってしまうため、面倒でもこうした手続きは踏んでおいた方がいいのである。
一度でも登録したギルドでは以後、永続的に登録情報は保持されるのだから。
「なんか軽めの仕事でもあればいいがな」
「路銀の足しにしたいしね。旅で入手したものの売買だけじゃ心許ないし」
「今回は山に居た時間が多いからな。薬草の類がほとんどだ。売れそうなもんは」
その辺のことはクルペオに任せてある。
他に自分たちでは使わない武具の類はウィペットが担当することが多い。
「ま、仕事をするかもしれないし、私は先に盗賊ギルドに挨拶行ってくるにゃ」
「おう。じゃあ冒険者ギルドで待ってるぜ」
メインクーンはシャマンと別れて雑踏の中に紛れていった。
各街に盗賊ギルドは存在する。
当然縄張り意識が強いので、他所から来た盗賊は必ずその街のギルドに顔を見せる習わしになっている。
そうしておかないと盗賊技能を使った仕事をした場合、面子にかけてその街のギルドの報復を受けることになってしまうからだ。
顔さえ出しておけばある程度の仕事は黙認してもらえるのである。
もちろん、この場合の挨拶というのは単に言葉を交わすだけのものではなく、ある程度の金銭が動くことを意味している。
また、盗賊ギルドの所在地は秘匿されているのが普通だ。
おおっぴろげに看板を立てているわけもなく、また一般の人々が知るような場所でもない。
ただしサインはある。
街の至る所に盗賊だけが知りえる秘密の符号が、そこかしこに記されているのである。
それをたどればその街に詳しくなくても辿り着けるはずである。
逆に言えば、それで辿り着けない程度の者は最初から相手にもされないという事だ。
もちろんメインクーンは優秀な盗賊である。
彼女は難なく盗賊だけがわかり合えるサインを見つけ、ちゃんとギルドの本部へとたどり着いてのけた。
「ごめんくださいにゃ~」
さりげない風を装いながらも余裕はあるんだという演出を入れつつ、メインクーンはギルド本部の入り口を潜り抜けた。
中は砂漠の暑さを感じさせない、冷たい石壁に囲まれヒヤリとした肌寒さを覚えさせる。
「何の用かしら? ネコマタのお嬢さん」
入ってすぐの場所に女がひとり座っていた。
見てすぐにピンとくる。
この女も盗賊だ。
メインクーンは他所から来た盗賊がその街のギルドにする、型通りの挨拶を行った。
「結構よ。これであなたの仕事は保証されるわ」
「ほいほい。ところで、このギルドのマスターはどんな人なんかにゃ?」
「うちのマスター? そうね……」
受付の女盗賊は少し考えるフリをした。
まさか情報料とでも催促されるんじゃ、とメインクーンは思ったが、そうではなかった。
「実はうちのマスターね、新しく変わったばかりなのよね」
「そうなん?」
盗賊の親分がすげ変わることは決して珍しいことではない。
誰もがすねに傷もつ身なのだ。
狙われる覚えもいくらでもあるだろう。
「なんだ? オレのことを話しているのか?」
「あ、マスター」
すると丁度良く、奥からその新しいギルドマスターらしき者の声がした。
そしてその声の主はわざわざメインクーンの目の前にまで出てきてくれたのだ。
「へぇ~」
その姿を見てメインクーンは意外に思った。
まだ若いニンゲンの男だ。
少し陰のある表情をしているが、貴族の格好でもすれば、見眼麗しく貴婦人たちが放っておかないであろう。
そして盗賊というよりも、この男には剣を振るっている方が似合うのではないかと思った。
「はじめまして。オレがこのギルドのマスターだ。名はボンドァン。本名だ」
2025年9月27日 挿絵を挿入しました。




