627 destination 【行き先】
シャマンたちがアウルベアの首を獲り、依頼を受けた村へ戻ると、さっそくと言わんばかりにひとりの男が出迎えた。
この村の者ではない。
シャマンたち同様、この村にたまたま立ち寄った男で、仕事であちこち旅をしていると聞いた。
今回の標的がアウルベアという魔獣で、簡単な生態についても話してくれたのが彼だった。
「やあ、ご無事でしたか! うん、首も二つ持ってますね。村の人たちもこれで一安心でしょう」
「あんたか。ええと……」
シャマンが額を抑え考えるふりをする。
「失礼。名乗っていませんでしたね。ラゴといいます。職業は魔物使い」
「魔物使い?」
思ってもみなかった名乗りを聞いて全員が驚いた。
装備や佇まいから山歩きには慣れてそうだと踏んでいたが、薬草売りや炭拾いあたりだろうと高をくくっていた。
「ええ、まあ。貧弱な身体つきなのでよく名乗ると驚かれます。自覚はしてますけどね」
「そいつぁわるかった」
苦笑するラゴという男にシャマンはバツの悪い顔で侘びを入れた。
「いえいえ。あなた方のおかげで私も仕事が捗りましたんでね」
「仕事?」
メインクーンが尋ねると、ラゴは肩からぶら下げていたずた袋を開いて大きな卵を取り出して見せた。
それは赤銅色の硬い殻をした卵で、大きさは直径二十センチほど。長さは三十センチあろうか。
それが三つも入っていた。
「アウルベアの卵ですよ」
シャマンとメインクーン、それにレッキスが卵をまじまじと凝視した。
触ってみると生あたたかい。
「あの魔獣の?」
「あっ」
「てことは、あんた……」
何かに気付いたメインクーンとレッキスが渋い顔をラゴに向ける。
「まあそういうわけでさぁ。感謝してますよ。村人と同じぐらいにね」
要するにシャマンたちにつがいのアウルベアをおびき出させ、その間にこの男は何の危険もなく魔獣の巣から卵を失敬してきたわけである。
「村に着いた数日前から調査を進めてアウルベアと巣の場所は突き止めましたが、いかんせん私にゃ戦う力がない。どうしたもんかと思い悩んでいたところ、あなた方のご登場でさあ」
「どうりで魔獣について忠告してくれたわけだ」
へへ、と愛想笑いを見せてラゴは片目をつぶって見せた。
「その卵はどうするのじゃ?」
魔獣とはいえ親を始末し卵を引っさらうという結果にクルペオは多少の罪悪感を抱いた。
「別に卵焼きにしちまおうってんじゃありません。うちに持って帰ってちゃんと孵化させた後はきっちり育てますよ。もちろんヒトを襲わないようにね」
この手の質問にも手慣れた感じでそう答える。
ラゴの愛想のいい話し方も魔物使いに悪感情を抱かせにくくするためなのだろう。
「うち、とは何処だ?」
ヒトを襲う魔獣を退治することに躊躇しない、正義の鉄槌神ムーダンの神官戦士であるウィペットには、クルペオほどの慈悲の気持ちはない。
それでも魔獣を滅ぼす以外に正しく飼い馴らすという手法を論じるこの魔物使いに少し興味を覚えた。
「コランダムさ。闘技場で有名な地下都市なんだが、知ってるか?」
「知っている。行ったことはないがな」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
村長に魔獣討伐の報告を終え、わずかばかりの報酬を受け取った一行は、ラゴとともに村の酒場で話を続けた。
「闘技場の剣闘士が相手するモンスターを捕獲するのがオレの仕事さ」
そう話すラゴもそれを聞く一行もみな軽く酒に酔っていた。
酒豪のクルペオはいつもと変わらぬ涼しい顔をしているが、このところ懐が厳しくなり始めていたので酒と縁遠かったのが効いたのか、シャマンはいつもより酔いが早いなと思わずにいられなかった。
「もっとも、オレの仕事はこうして世界中を旅して卵や幼生を捕獲するのが役目だ。調教は残ってる親父と妹に任せっきりさ」
「戻らないの?」
「そうさな。そろそろ一年になるし、頃合いかな、と思ってる」
メインクーンにそう答えてからラゴは自分の荷物を見やった。
「このところ各地で戦争が起きていて、あまり実入りもよくなかったが、アンタらのおかげで卵が手に入ったしな。アンタらはこれからどうするんだい?」
ラゴに問われて全員がシャマンの方を見る。
特別な用事がある旅でもない。
強いて言うならば……。
レッキスがテーブルの端にいるミナミに心配げな視線を送る。
ミナミは静かに目の前の料理をつついていたが、あまり食は進んでいないようだ。
レッキスはミナミを心配していた。
ゴルゴダから救い出して百日以上経っている。
だがその間にミナミは一度として姫神に転身していない。
今日のように危険が迫ってもだ。
シャマンたちはしばらく旅をしながら様子を見るしかないと言っている。
もしかしたらまたあのズァがミナミをさらいに来るかもしれない。
その警戒もあって一行は旅先を決めずに各地を放浪していた。
「まあ、これといって決まってはいないんだが」
しかしあまり人里離れた場所にばかり固執しているとあっという間に路銀が乏しくなるのである。
「だったら私と一緒にコランダムへ行ってみませんか? 実は数日前にコランダムに関する面白い話を聞いたんですよ」
「なになに?」
情報に目ざといのは常にメインクーンである。
真っ先に食いつくのは盗賊を生業にしているからというよりも、単に好奇心が強いからかもしれない。
「半年後に大闘技会が開催されるそうです。十二年ぶりだとか」
「大闘技会だって?」
レッキスがいち早く反応した。
その話は無視できない。
レッキスも拳法家であるが、志したきっかけはまさにその大闘技会の逸話を子供のころに聞かされたがためだった。
「ほんと?」
「間違いありません。今年は少し大会ルールが変わってるそうですが、なんせ十二年振りです。おそらく世界中から強者が集まるでしょうし、大会の観覧者もです。商いにも大きなチャンスだと思いますね」
「シャマン」
レッキスの目がキラキラとしていた。
言わんとしていることは一目瞭然だ。
他のメンバーを見渡しても異論はないようである。
「まあ断る理由は別にないな。いつまでも辺境をうろうろしていても埒があかんし」
「ヒトが集まる所に機会や情報も集まる。無論、危険もだが」
ウィペットの言わんとしていることはミナミを含む姫神についてのことだろう。
シャマンは酒で思考がまとまらないと思い、そろそろベッドへ倒れ込みたいという衝動にかられた。
「よし、じゃあ明日からコランダムへ行こう。いいな」




