626 scary 【こわい】
「レッキス! ウィペット! 炎炭石を補充する間、そいつらを頼んだぞ」
シャマンが右腕の剛力駆動腕甲から焦げて煙を吐き出す石を排出しながら叫んだ。
「承知! レッキス、オスのアウルベアはオレが押さえる。お前はメスの方だ」
「どっちがオスかメスか、わかんないんよ!」
魔獣の性別なんて見てわかるか、とレッキスが悪態をつく。
「お前を追っていた方がメスだ」
盾を構えたウィペットがオスの前に身を乗り出し、それを見たレッキスは「なんでわかるん?」と、つぶやきながらもう一方の魔獣へと挑んだ。
「でぇいッ! まずは先制攻撃ッ」
レッキスが手の中に握ったバグナウの鈎爪を、アウルベアの攻撃を掻い潜りつつボディに打ち込んだ。
打撃はさほどの衝撃を与えられなかったが、鈎爪でえぐられた下腹部を三本の血の跡がひいている。
「グゲェェェェッッッ」
痛みの悲鳴か気合の雄叫びかはわからない。
メスのアウルベアが太い腕を振り回しレッキスを威嚇したが、レッキスはひるまず接敵状態で攻撃を回避し続けた。
「さあ来いッ」
もう一方、続けてオスのアウルベアが目の前に立ったウィペットに襲い掛かった。
両腕を広げて掴みかかろうとするが、先ほどのシャマンですら力負けした相手にウィペットはまともに組む気などなかった。
大きめの方形盾を掲げてアウルベアの繰り出す太い腕の打撃を正面から耐える。
援護しようとクルペオが懐から三枚の符を出し術を唱えた。
「三の裏護符・戦旗不倒! ウィペットとレッキス、それと」
クルペオが背後のミナミにチラリと視線を向ける。
「それとミナミにじゃ」
「ッ」
クルペオの符術で三人の鎧、レッキスは拳法着だが、それらが一瞬光り防御力が一時的に上昇したことを伝える。
メインクーンは気配を殺しレッキスと相対しているメスの背後に移動していた。
シャマンは必死にバックパックから炎炭石を取り出し装填する。
ミナミはどうすべきか判断がつかず、黄金の大剣を構えたままその場で立ちすくんでいた。
全員一ターン目の行動が終わると二巡目が回ってくる。
レッキスは通常攻撃を継続し、ウィペットも防御に専念し続けた。
アウルベアは最初のターンよりも攻撃の威力を増して殴り掛かったが、符術で防御力が上がったこともありレッキスもウィペットもこの攻撃を耐えきった。
「ならば次は三の表護符・化血戦刀ッ」
クルペオの放った符が刃と化し、ウィペットと相対しているアウルベアの背中を切り裂いた。
だが硬い筋肉を浅く切り裂いたにすぎず、動きを止めるどころか大したダメージにも至っていない。
レッキスと相対していたメスのアウルベアに背後から忍び寄ったメインクーンは、手を出すことなく機を窺っていた。
いたずらに攻撃を仕掛けてもメインクーンの力では相手の防御力を貫通するのは難しい。
決定的な一撃をねじ込める、そんなタイミングを見計らう必要があった。
「よぅしッ! 換装完了だ」
準備が整ったシャマンが戦列に復帰する。
「オレの相手は貴様だな」
攻防を繰り返すレッキスより先に、被ダメ覚悟で盾役を担うウィペット側に加勢した。
「貴様の攻撃なぞまるで効かぬわッ」
それまで防御一辺倒だったウィペットが、挑発の言葉と同時に腰に下げた槌鉾をアウルベアの肩口に叩き込んだ。
それはダメージを狙ったものというよりは、シャマンへ注意を向かせないための行動選択だ。
「喰らいやがれィ! メガトンクラブッ」
アウルベアの真横についたシャマンは右腕のパワード・アームを向けると、肘の排気口から蒸気を噴出させつつ、手甲に空いた穴から鋼鉄の棍棒を撃ち出した。
たまらず魔獣は数本の木々をなぎ倒しながら吹っ飛ばされた。
「どうでい! 巨大な魔人将の腕すら破壊したことある一撃だぞ」
衝撃が魔獣の骨と内臓を破壊した、確かな感触をシャマンに伝えていた。
「パーティープレイになりゃあオレたちは無敵だッ」
「グォォォオオオオオンンン」
オスが吹っ飛ばされたのを見てメスのアウルベアが金切り声を上げた。
耳をつんざく声音に全員思わず耳を塞ぐ。
両手を上げて硬直してしまう失策を犯してしまった。
メスが吹っ飛ばされたオスのアウルベアの方へと駆け出す。
その線上に丁度ミナミがひとり立っていた。
「しまった! ミナミ」
「あ! えっ?」
猪突猛進してくるアウルベアに気付き、ミナミは身体を強張らせた。
「生身のお前じゃ危ねェ! 転身しろォ、ミナミ」
シャマンの怒号にミナミは慌てて神器を振りかぶって声を上げる。
「て、転身! 姫がッ……」
しかしそこでミナミは声を詰まらせてしまった。
力なく剣を下ろしてしまう。
「どうしたんよ、ミナミ! 金姫になるんよ」
レッキスが張り上げた声もむなしく、ミナミは姫神になろうともせず、迫るアウルベアに縮み上がっていた。
「六の表護符・月下氷陣!」
クルペオが二枚の符を飛ばすとアウルベアを挟み込むようにして、その間の空間に氷雪の嵐が巻き起こった。
さらにメインクーンの不可視の糸が両足に絡みつきメスのアウルベアを地面に引き倒す。
「すまんな」
倒れたアウルベアの頭部に駆け付けたウィペットが重たいメイスの一撃をたたき込んだ。
グシャッ、と潰れる音がして、森の中に魔獣の脳髄が飛び散り戦闘は終結した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
青白い顔に汗をいっぱいにかき、浅い呼吸を繰り返すミナミの手にレッキスはそっと手を合わせた。
「もう終わったんよ。もう大丈夫」
「はぁ、はぁ、はぁ」
剣を握るミナミの手には力がなく、その様子を見ていた他の仲間たちもどうすることも出来ずにいた。
森の中に静寂が戻り、ただ繰り返す、ミナミの浅い呼吸音だけが流れ続けた。




