625 Owlbear 【アウルベア】
木々の梢から鳥たちが一斉に飛び立った。
危険を察知した鳥たちの習性だが、直後に辺り一帯に地響きを立てて一本の木が倒れた。
それまで静寂に包まれていた森林が、にわかに喧騒の渦に巻き込まれていく。
「そっち行ったよ! シャマンッ」
少し鼻にかかる猫なで声が一行のリーダーに危険を告知する。
「お前の糸で止められねえのかよッ! クーン?」
両腕の駆動式の装甲から煙を吹かす、大柄な猿人族のシャマンが相手を迎え撃とうとしながら相棒の猫耳族メインクーンに怒鳴り散らす。
「木が鬱蒼としすぎて糸が上手く飛ばせないにゃんッ」
「チィッ」
目の前でまた一本、大木をへし折って突進してくるのは熊の身体にフクロウの頭部をした魔獣アウルベアだ。
その身体は身長二メートルに達するシャマンよりもなお五十センチは高い。
がっしりとした熊の肉体は黒褐色。
短いフクロウの羽の生えた腕を振り回してシャマンに掴みかかった。
「クッソォ」
「グゥオオオオオオオオッ」
手四つで組み合った途端、シャマンの足元が地面に押し付けられた。
膝が折れ曲がり、ズンズンと組しだかれていく。
アウルベアの黄褐色のくちばしが獲物をついばもうとシャマンの首元に襲い掛かった。
ガツンッ、というけたたましい音が響き、くちばしを打ち鳴らす。
首を引っ込めて躱したシャマンだが次も躱せる自信はない。
「えぇい、シャマンを放すにゃッ」
背後からアウルベアの肩へ跳び乗ったメインクーンが首筋にダガーを突き立てる。
「はにゃッ」
だがアウルベアの肩い筋肉はメインクーンの非力な刃をものともせず、逆に修復不可能な亀裂をダガーに刻んだ。
「あーだめにゃ。盗賊の私が相手するもんじゃないって」
「言い訳はいらねぇから何とかしねえか」
「と言ってもぉ……あっ、シャマン! レッキスたちにゃ」
「おーっい」
アウルベアと組み合ったままのシャマンたちを呼ぶ声がする。
森の中、茂みをかき分けて仲間である兎耳族のレッキスが駆け込んでくる。
「レッキスぅ! ちょうどよかった! 獲物と遭遇したにゃぁ」
「オレが押さえているうちに、早くブチかませェ」
「シャマンッ! クーンッ! こっち……」
息せききって走って来るレッキスが、必死に自分の背後を指さしながら訴える。
「早く! レッキスぅ」
「わたしもッ! 追われてるんよッ、何とかしてェ」
五メートル付近まで近寄ったレッキスの背後にもうひとつ巨体の影が見えた。
「グゥオオオオオオオオオオッッッッッ」
「げげっ! もう一匹ィ?」
走ってきたレッキスを別のアウルベアが追いかけてきていた。
一応走りながら状況を見て取ったレッキスは、駆け抜けざまシャマンを組み伏せようとするアウルベアの膝をめがけてスライディングタックルをぶち当てた。
さすがに巨体を支える膝への攻撃は効果があったらしい。
体勢を崩すとともに力が抜け、シャマンはどうにか身を離し、間合いを遠くにとることができた。
二体のアウルベアが肩を並べてシャマンとメインクーンとレッキスの前に立ちはだかる。
「話に聞いていた通り、やっぱつがいみたいだね。この二匹」
「こんなのが村の近くに巣を作ったんじゃあ、さすがに村人たちも落ち着かないわけだな」
シャマンたちは近くの村人からの依頼で目の前の怪物を退治しに来たのだ。
数ヶ月前から村の家畜が惨殺され、肉がエサとして持ち去られる事件が頻発しだした。
最初の内は牛や鶏といった家畜ばかりだったが、ついに人間の犠牲者も出始めた。
森へ狩に出た者や、村はずれに住む者らが犠牲となったのだ。
たまたま村を通過しようとしたシャマンたちが退治を依頼された。
彼らは見るからに冒険者であったし、旅の路銀も乏しくなっていたのでお互いに利害が一致したのだ。
ただし村人たちから得られた情報は凶暴な魔物による被害という事だけだった。
誰も家畜を襲う現場を見た者はいなかったのだ。
「おそらくアウルベアでしょう。近くの森に巣でも作ったんじゃないでしょうか」
そう言ったのはシャマンたちと同じように村を通りかかった旅人だった。
この村の宿で数日過ごしているらしいその旅人はひとりであったが、なにかとモンスターの生態に詳しい素振りであった。
「気を付けた方がいいです。巣作りをしたアウルベアはつがいであることが普通で、そう言った場合普段よりも凶暴であることが考えられますから」
その旅人は助言はくれたが手を貸すつもりはないようだった。
戦いは専門外だと言う。
シャマンたちにしても村からの報酬が目減りしてしまうので文句を言う気はなかった。
「こんなにヤバい相手だと知ってたら別だったがな」
二匹になったアウルベアが獰猛な唸り声を発して迫ってくる。
「シャマン! ウィペットとクルペオ、ミナミも追いついたにゃ」
「お!」
アウルベアを挟んで反対側に犬狼族の神官戦士ウィペットと、狗狐族の符呪士クルペオ、そして姫神のミナミが現れた。
全身金属鎧のウィペットと、和装のクルペオ、そして本格的な訓練を積んだ経験のないミナミは森の中を疾走したことでだいぶ息を切らせていた。
「こうなったらもう逃げるより全力で戦った方がいい」
「同感なんよ」
「にゃ」
ウィペットやクルペオも同様の意見のようだ。
二匹の魔獣を囲むようにして一行は戦闘態勢を整えた。




