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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: あずえむ
第七章 神威・継承編

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624 Holy Holy Holy 【聖なるかな】


 真っ先に目に入ったのは、洞穴の天井を覆い隠すほどに葉を茂らせた大木の存在感だった。

 天井からは雨の様に清水が滴り、地面に小さな泉を作っている。

 その水面から洞穴いっぱいに枝を広げた一本の樹木があった。


「サエーワの木だよ」


 薬師の女が教えてくれた。


「太古の昔、まだヒトも亜人も知恵を持たなかった時代。大海の真ん中にあった一本の大樹には、様々な種の薬草が生えていたわ。けどその大樹を炎の神と闇の神が枯らしてしまった」


 ボンドァンとリュキアは食い入るように木を見ていた。


「どうして枯らしてしまったんだ? その炎と闇の神は」

「戦っていたんだ。大地の神と水の神、風の神らとね」


 薬師の女ははるか遠い景色を見るように話していた。


「でもね、大地の神と水の神と風の神は枯れてしまった大樹を粉末状にして、雨と風に乗せて世界中に振り撒いたんだ」

「世界中に?」

「そう。世界中、余すことなく」


 女の顔が怪しく微笑む。


「すると世界中のあらゆる場所に植物が芽吹いた。この世界を緑豊かなものにしたんだ」


 薬師が泉に入り、葉の一枚を手でさすった。


「ここにあるこの木はそのサエーワの木の一枝なんだ。この世界にはね、この木の粒子がそこら中に眠っているんだよ」


 熱に浮かされたように朗々と語る薬師の言葉は否定できない迫力があった。


「ふふ。ご静聴ありがとう。赤い鳥くんは、神話の話だろう、って一笑に付してくれたよ」

「あ? アイツにも話したのか。オ、オレだって別に、信じたわけじゃ……」

「おーおー、可愛いね。張り合おうとしちゃってさ」

「ふ、ふざけんなってんだ」


 顔を赤くして怒るボンドァンに薬師もリュキアも笑って返してやった。


「あはは。ほら、そこを見てごらんよ。幹の根本の泉の中さ」

「ん? あ、ああッ」


 樹が根を下ろしている泉の中に、見覚えのある大剣が一振り横置きされていた。


「ブルーメタル! オレの剣だッ」


 ザブッザブッ、と水を蹴立てて根元まで行くと、ボンドァンは無事な方の右手で剣を持ち上げた。


「折れていない! 確かに刀身を折ったはずなのに。それに、青かった刃が黒ずんでいる」

「剣をその形に戻したのはサエーワの木のチカラだよ。黒ずんでいるのはチカラを放出しきってしまったからだ」


 説明する薬師の女にボンドァンは怪訝な顔を見せた。


「この剣のことを知っているのか? これはウチの家宝の剣だぞ」

「それは姫神の神器だよ。いつ、どの姫神のものか、どういう経緯(いきさつ)で君の家宝になったのかは知らないが、間違いない」

「姫神の……神器?」


 薬師がうなづく。


「すごい剣だ。その剣には大勢の亡者の嘆きが封印されている。断言していいが、君や君の祖先は毎日その剣に聖句を唱え、祈りを捧げる習慣でもなかったかい?」


 その発言にボンドァンは驚いた。

 確かに彼も、彼の父も、祖父も、聞く限りそれ以前のご先祖様たちも、決まって毎朝、この剣に神儀を重ね続けてきたのだ。


聖なる(Holy)聖なる(Holy)聖なるかな(Holy)


 薬師の女が聖句を唱えると、ボンドァンの持つ大剣の刀身がほのかに瞬いた。


「その剣は斬った多くの亡者によって穢れていたが、神儀を重ねることで魔を祓っていたんだよ。だけど君が刀身を折ったことで魔の奔流が溢れ出したわけだ」

「そうだ。一族が代々蓄えてきた聖なる力をオレは使い果たしてしまった」

「いやいや。穢れはまた祓えばいい。黒ずんだその刀身も神儀を重ねることでまた青く輝くはずさ」

「それにはまた何世代も懸けなくちゃならないんだな」

「それはそうだろうね」


 剣を持って庵に戻った三人は、その日はそれ以上会話をすることはなかった。

 ボンドァンは疲れた身体を横たえると、肉体が望むままに深い睡眠に入り休息をとった。


 それから数日で完全復調したボンドァンは下山して地上へと戻った。


「エスメラルダの新法王ハナイの暗殺を目論む気配がある」


 薬師の女がどうやってそんな情報をキャッチしたのか、何故それを教えてくれたのかはわからない。

 だが命を助けた礼として受けろ、と言われて見過ごすわけにはいかなくなった。

 ボンドァンは直ちに王都エンシェントリーフへ向かった。

 ハナイの即位の儀にはぎりぎり間に合ったが、どうにかしようも当てはなく、とりあえず騎士団らしき者に忠告をしたのが始まりだった。

 それが星屑隊のターヤとトアーであったわけだ。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 話を聞いたヒガ・エンジは考え込むように部屋の窓外を眺めやった。


「話はこれで全部だ。左腕についてはオレにもまだよくわからない。暗殺に関してもオレに大層な政治思想があったわけでもないんだ」


 ふぅ、とひとつ息をついて、ボンドァンは座った椅子の背もたれに重く身を預けた。


「疲れているの?」


 ヒガの問いにボンドァンは首をかしげた。


「この身体になってから、えらくエネルギーを消費する感じだ。碌に食べてもいない根なし草なんで余計にね」

「家には帰らないの?」

「今さら帰れねえさ。勝手に持ち出したブルーメタルも折っちまったしな」


 彼は背負った大剣に目を向けてそう言った。


「では私に雇われてはくれないかしら?」

「雇う? 何のために?」

「用心棒。他に私の手となり耳となり。腕の立つ剣士の仕事としては申し分ないと思うけど」

「……しかし……」

「この国は変わるわ。その時中心に近い場所に、あなたも居るべきじゃないかしら。私はハナイを全力でサポートする。それだけの立場と財力を持っているの。いかが?」


 答えは聞くまでもない。

 彼の雰囲気が、断ろうはずがないことをヒガは察していた。

 ふと、マラガに居た頃のことを思い出す。


(あの二人、今も息災かしら)


 ヒガの脳裏に元気なカエル族と炎を操る少女の姿が思い起こされた。


(つくづく、私ってばこうした手を打ってしまうものなのね)


 目が合ったボンドァンがゆっくりと首を縦に振り、了解した。


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