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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: あずえむ
第七章 神威・継承編

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618 Wéifēng 【そよ風】


 意を決したハクニーは民衆の波をかき分けつつ、大路を歩くハナイと一定の距離を保ってついていく。

 ゆっくりと歩を進めるハナイではあるが、ハクニーもその速度でついていくのに難儀していた。

 宮殿が近付くにつれて否応なしに民衆の数が膨れ上がっていくからである。

 ついにはどうやっても身を滑り込ませることが困難なほどに人垣は大きく厚くなっていった。


「どうしよう……」


 いっそ人垣を抜けてハナイの歩く大路に飛び出してしまおうかとすら迷ってしまう。

 幸いにもここまで特に何事もなく儀式は進行している。

 杞憂だったのではないか?

 ハクニーの中に希望的観測という願望が芽生えていた。


「ハクニーさま」

「え?」


 その時どこからかハクニーの耳元に確かに彼女を呼ぶささやき声が聞こえた。

 周囲はエスメラルダに住む多くのサキュラ正教信者が取り巻いている。

 みな目の前を歩くハナイに熱狂し、あるいは見惚れている。

 ハクニーに注意を向ける者などいないと思われた。


「こちらです。後方の、雑貨屋の軒先です」


 ハクニーは振り向いて人垣からまろび出ると、はたして押し寄せる人混みから離れた場所に商店が軒を連ねていた。

 服や装飾品や石や法具、絵画や彫刻や化粧品やサンダルなど、多くの店が並んでいる。

 この辺りは街の表門から神殿、宮殿へと通じる目抜き通り。

 最も人の出入りが多く、そのため多くの商店が居並んでいる。

 先日ハクニーが訪れたいと思っていたブティックもあった。

 どの店も今日は閉店している。

 新法王の即位の儀が行われる日はその法王が退位するまでは祝日となる。

 その日一日は公職にある者以外、いかなる者も基本的には休日となるのだ。


 一軒の店先で路地裏に姿を隠す者の影が一瞬目に付いた。

 ハクニーは急いでその者の後を追った。

 路地裏は狭かったが、少し行くと奥まった場所は周辺の家々が共同で使う中庭になっていた。

 石壁や鉄柵が周囲を囲い、か細い樹木が数本と、共同の水場、小さな憩いの場であった。

 もちろん住人の姿はない。

 ハクニーの追った影もなかった。


「二ブロック先の路地裏へ急いでください」


 またしてもハクニーの耳元にささやき声が聞こえた。

 今度は周囲に誰もいないので、その声の質を確かに感じ取れた。

 若い男、というよりまだ声変わりもしていない少年の声に聞こえた。


「誰? どこから話しかけているの?」


 ハクニーは四方を警戒したが何者かが現れる気配はなかった。

 しかしささやき声は続く。


「僕は〈PUCK(パック)〉の一員です。わけあって姿を見せることはできませんが、風の力を使って声だけをあなたに届けています」

「〈PUCK〉って、じゃああなたがアカメの言っていた?」

「はい。僕はウェイフェオン。もちろん暗号名(コードネーム)ですが」

「ケンタウロス族の言葉だわ。意味は〈そよ風〉ね。どうして?」

「僕は風使いですから」


 一瞬、突風が吹き抜けた。

 ハクニーの汚れてしまったドレスの裾が膝までめくれ上がる。


「さあ急いでください! 二ブロック先の路地裏です。そこに廃棄されたはずの戦闘怪人(ケンプファー)が潜んでいます」

「えっ! じゃあ急がないと」


 ハクニーは奥の通路を抜けて中庭を通り抜けると目的地へ向かい走った。


「それととても言い難いのですが」


 走り始めても相変わらず耳元にウェイフェオンの声がしっかりと聞こえる。


「なに?」

「僕に戦闘技能はありません。戦力の当てにはしないでください」

「わかったよ……」


 相手にどう思われるとか関係ない。

 必要な事実だけを伝える。

 こういうところは実にアカメの部下らしいな、とハクニーは思った。


「あっ」

「どうしたの?」


 突然耳元でウェイフェオンが驚きの声を上げた。

 ほぼ同時にハクニーは指定された、二ブロック先の路地裏へ到着した。

 そこに動く者はいなかった。

 ただひとつ、今なお血がどくどくと流れ出る新鮮な死体がひとつ、地面に打ち捨てられていた。


「何者かが切り捨てたようです。それは間違いなく暗殺を企むエルフの戦闘怪人です」

「全部で四人って言ってたよね? 他には?」


 しばらく返事がなかったが、ややあって再び耳元で声が聞こえた。


「三つの足音が北へ。それを追う、もうひとつの足音が聞こえます」


 音で位置を測っているのだろうか。

 ハクニーはその疑問を今は仕舞い、ウェイフェオンに距離を聞いた。


「百メートルはありません。しかし相手も相当速いです」

「駆けっこでは負けてらんないよ」


 ハクニーは右手の中指に嵌めた指輪に強く念じた。

 足元が強く光ったかと思うと、広がるドレスの裾に半分隠れて白い馬の脚が四本、大地に蹄を打ち付けていた。


「行くよッ! 今の私は風より速いからッ」


 後足の二本で大きく立ち上がると次の瞬間、大地を蹴立てて人気のない王都の路地を疾駆した。


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