614 PUCK 【諜報機関】
アカメの元へ近づくにつれ、想像以上に滝つぼへ流れ落ちる水音が大きいことに気が付いた。
貯水池の上を渡る道は見通しが良く、アカメはすでにハクニーの接近に気付いているはずだ。
手を振るなり何がしかの反応をくれてもいいじゃないか、とハクニーは内心でふくれっ面を作る。
機嫌を損ねたというほどではないが、少しアカメをやきもきさせてやろうと歩を緩めた。
正確にはドレスの裾をこれ以上泥水を跳ね飛ばして汚してはならないと思い立ったからであったが。
そろそろ声を上げればお互いに聞こえるという距離まで来て、ようやくアカメはこちらに向かい近寄ってきた。
「おはようハクニーさん。何故ドレスを着てきたのですか? 泥が跳ねていますよ」
「おはようアカメ! だったら気を利かせてもっと早くに近づいてほしかったなぁって」
「替えはありますか?」
「あるかもだけど」
「それはよかった。あまり時間はなさそうです。そのままで行きましょう」
ハクニーの顔に疑問符がつく。
「行くってどこへ? 着替えにじゃなくて?」
「街です。スラムか、神殿か。とにかく時間がありません」
アカメはハクニーの来た道を戻りはじめた。
「え? え? ちょっと、なに?」
「シーカーたちの報告によるとハナイ新法王の命を狙う者たちが潜伏しているらしいのですよ」
「シーカーって、アカメの部下の?」
「そうです」
アカメがハイランドに新設した諜報組織〈PUCK〉。
そのなかに各国の情報を収集する探求者と呼ばれる者たちがいる。
「そんなのいつ聞いたのよ?」
「今です」
「今?」
「考えもなしに滝を見ていたとでも? 滝つぼの轟音は秘密の会話をする場としては好都合なのです。盗み聞きされません」
アカメ以外にも誰かいたなんて、ハクニーには全く気づけなかった。
「ところで前から聞きたかったんだけど?」
「なんです?」
「なんでシーカーって言うの?」
「バカ正直に密偵や間諜と呼んでは警戒されるでしょう」
「でも紛らわしくない?」
「実際シーカーの仕事先は古代遺跡や秘境の聖地に及ぶ可能性もあるので紛らわしくありません」
そんなものか、と無理に納得して見せたハクニーにアカメが振り返る。
「それよりも事は想像以上に大げさなことになりそうです。ハナイ新法王の暗殺を企てているのはただのエルフではありません」
「犯行グループの目星はもうついているの?」
「先ほどスラムで星屑隊の騎士が二人、その手掛かりを突き止めました。もっとも、彼女たちにはその正体まではわからなかったようですが」
シーカーはこの国の動向をも細かく掴んでいるようで、ハクニーは味方ながらも背筋に寒いものを覚えた。
「すごいね。何人ぐらい潜ませてるの?」
「それなりに、です。で、その正体なのですが、どうやらアーカムの廃棄された戦闘怪人らしいのです」
アーカムの戦闘怪人についてはハクニーも知識として持っている。
だが廃棄された者たちという存在までは考えが及ばなかった。
「どうして廃棄されちゃったの?」
「わかりません。能力不足か命令違反か、あるいはコストに見合わなかったのか」
コストで命を計る考え方には拒否感が募った。
「わかっているのはその廃棄された者たちは元々センリブ森林のエルフたちだったという事です」
「少し前に翡翠の星騎士団に掃討されたんだったよね」
「指揮したのは銀姫ですが動機はハナイ司教を弑されたがためでした。結局は桃姫が仮死状態のハナイ司教を隠していたわけですが」
「じゃあ復讐?」
「単純に考えれば。裏で煽動した者がいなければですが」
二人は宮殿の正門前にまで戻ってきたため人の目を気にして小声で話すようになっていた。
「裏で煽動って?」
「考えればキリがありません。とにかくスラムへ行ってみようかと……」
「でもそれって私たちがすること? もちろん未然に防ぎたいけど」
「星屑隊のスガーラ隊長は銀姫に警備の増員を打診したようですが、果たして人ごみに紛れた戦闘怪人を抑えれるかは」
「どれぐらいいるのかもわかんないしね」
「確認しているだけで四人はいるようです」
「そうなの? でも……」
「ここで我々が計画を防げばですよ、今後の両国の交渉に有利に働くと思いませんか」
アカメの顔に打算が滲むのをハクニーは見ぬ振りをした。
「アカメ様」
そこへハイランドからの護衛の騎士がアカメの姿を見つけて声を掛けてきた。
「よかった。探しましたよ」
「なんでしょう? 今ちょっと忙しいのですが」
「実はアーカムの妖精女王が式典前に是非ともアカメ様と懇談がしたいと申し出がありました」
「今からですか?」
アカメの顔が渋くなる。
しかし騎士は譲りそうにない。
「ミゾレ様も断る謂われはないと申し出を受けてしまわれました。式典までアカメ様がふらふらとしないようにするには好都合だと」
騎士は冗談ぽく笑って言うが二人には笑えない話でしかない。
「ど、どうするのアカメ?」
ハクニーは肘でアカメを突っついて尋ねる。
「行かないわけにはいきません。仕方ありませんね。ハクニーさん」
「はい」
「銀姫に私たちが掴んだ情報を正直に打ち明けてください。これだけでも心証は良いでしょう。ですが相手の自尊心を傷つけないよう言い方には気を付けるのですよ」
「わ、わかった」
「とにかく表向きの警備を強化することで防ぐしかありませんね。あとは新法王に神の御加護がどれだけあるかが試されます」
「少し不遜だと思うなぁ、アカメ」
騎士についてアカメは宮殿内に戻っていった。
ハクニーは銀姫に会うために彼女の居るオールドベリル大神殿へ。
「着替える暇なんてないよね」
苦虫を噛み潰しながら駆け出した。




