611 Looks like an elf 【エルフらしき】
酒場の外に飛び出すと、追うべき相手は二十メートルほど先の角を曲がり姿をくらますところだった。
人数は五人いただろうか。
全員が薄汚れたマントとフードで全身を隠していたが、地面を蹴るのは素足に見えた。
それもやせ細り、砂がカサカサになった肌にこびりついているのがはっきり見て取れた。
風で翻り膨らんだマントによって体格のほどは視認できなかったが、人間の子供と言っても差し支えないぐらいに全員が小柄だったように思う。
「トアーッ」
ターヤはすぐ後ろにいるトアーに呼びかけ走り出す。
逃げた五人を追って角を曲がるとそこは幅二メートルもない狭い路地だった。
石を積み上げただけの家屋と家屋の間に通る狭い道。
足元には住人が使う桶や洗濯板、見上げれば建物と建物の間に渡らせた竿にぼろぼろの洗濯物がわずかにそよいでいる。
「ターヤ、上ッ」
洗濯物のシーツが翻ると、真上から逃げたはずのエルフが煌めく鋭い短剣をかざして落下してきた。
ターヤは驚きながらも腰をかがめ横転するように上からの短剣を掻い潜る。
起き上がりながら腰の三日月刀を抜きトアーの前に立った。
上から飛び降りてきたのはまさしくエルフだった。
フードが外れ顔が出ている。
華奢な身体つきに細長い耳、アーモンド形の目に白い素肌。
「き、貴様ッ! エルフ……なのか?」
ターヤはそう呼びかけつつも自信が持てなかった。
目の前のエルフは彼女が知るエルフとは違って見えた。
エルフと言えば例外なく美貌の持ち主で、自然界の精霊にも愛される存在だと聞いている。
だが今目の前にいるのはそうした幻想を打ち砕くように醜悪だった。
肌はカサカサでひび割れ、所によっては鱗の形状にも見える。
輝く黄金のようとまで言われた髪も灰色染みて細く、パサパサとゆらいでいる。
そして口元から覗くのはのこぎりの刃のように凶悪な歯列だ。
姿勢も前かがみで腰と膝を折り曲げ、こちらを威嚇するように肩を怒らせギィギィと軋んだうめき声をあげている。
その姿はエルフとは到底呼べず、砂漠で育ったターヤは直接見たことはないものの、話に聞く魚人族に近いと思われた。
「他の奴らはどうした?」
ターヤは恐れずに詰問した。
不意打ちを避けた以上、こちらは騎士が二人。
短剣ひとつ、ひとりで勝てる見込みはないはずだ。
となれば他の奴らも襲い掛かる隙を狙っているのではないか?
「トアー」
「うん」
二人は背中合わせになって周囲の気配を探ろうとする。
ターヤは目の前の相手から目を離さず、打ち掛かるタイミングを見計らっていた。
「お前だぢ、この国の、騎士?」
エルフらしき者がようやく口をきいた。
「そうだ。私は翡翠の星騎士団星屑隊のターヤ。お前はいったい何者だ」
「翡翠の星、騎士団!」
エルフらしき者はターヤの素性を確認するとなりふり構わず短剣をひらめかせ躍りかかってきた。
ターヤはその気迫に一瞬気圧されつつも剣で初撃を受け止め反撃に転じた。
技量の差は歴然ではあったが、どんな死地を踏んできたのか。
エルフらしき者の攻撃は受けるたびに肝を冷やし、そのあまりに鬼気迫る形相にターヤは目を背けたくて仕方がなかった。
「くっ」
いつの間にか防戦一方に陥っている。
狭い路地で小柄な相手の方が身軽に、壁や地面を跳びはねながら攻撃を繰り出している。
「危ないターヤッ」
短剣の刃がターヤの首筋を切り裂こうとしたとき、トアーの剣がエルフの心臓を横から一突きにしていた。
「ぐぅ……ぎぎ……な、仲間だぢ……が、やってくれる…………ガハッ」
どす黒い血の塊を吐きだしてそいつは地に伏した。
絶命していた。
「ごめんなさい、ターヤ。せっかくの手がかりだったのに……」
「いや、トアーが助けてくれなかったら、逆に私がやられていたよ」
逃げたほかの奴らは姿を見せなかった。
結局こいつひとりが足止めを買って出たようだった。
「やっぱりこいつら、ハナイ様の暗殺を?」
「わからない。ともかく少し調べてみよう」
ターヤはエルフらしき者の死体からマントをはぎ取り、身体を入念に調べてみた。
案の定、小柄な肉体は痩せぎすで、胸などは肋骨が浮かび上がるほどだ。
特徴的なのは全身に鱗のようなひび割れが多くみられる事。
だがそれを除けばエルフの特徴も垣間見える。
「ん? うなじに何か彫ってある」
「なぁに?」
「数字や文字のようだ。赤13-8242海。なんだこれ?」




