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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第七章 神威・継承編

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609 mercenary 【旅の傭兵】


 高さ十メートルを超す重たい扉が開かれると、白い薄手の衣のみをまとったハナイ・サリ司教が現れた。

 彼女はとても憔悴した様子であったが、出迎えた中に銀姫ナナの姿を認めるとかすかにほほ笑んだ。


 エスメラルダ古王国の王都エンシェントリーフにあるオールドベリル大神殿は、国教であるサキュラ正教の総本山である。

 歴代の法王即位に倣い、ハナイもたった今、十四日間の祈祷を終えたところであった。

 大神殿の地下に設けられた特別の修業堂で、ハナイは最低限の水と食事のみで体内を浄化し、一日三時間の睡眠以外は瞑想と慈愛の女神サキュラへの祝詞をあげるのだ。


 この祈祷は数十年来、形骸化しており、十分な食事や睡眠時間が与えられたり、もしくは期間を短縮するようになっていたのだが、ハナイは志願して古来よりの正確な手順を断行したのだ。

 それは世界最古の王国として免れることのできなかった政治的腐敗を一掃し、若輩ながらにして法王に即位することへの少なからぬ批判をやり込める意図も残念ながらあった。


「大丈夫ですか?」


 ハナイの身体を支えるナナが心配そうに尋ねた。

 ハナイは言葉を発することなく小さく、だが力強く頷いて見せただけだ。

 なんてことはない。

 今言葉を発しては、自分がどんな弱々しい声を出してしまうのかと不安に感じたからだった。

 神殿の地上部分へ上がるとそこは大礼拝堂である。

 まだ日が昇る前の早朝にもかかわらず、すでに多くの関係者が詰めかけていた。

 その最前線に現法王サトゥエが待っていた。

 彼女は今日、正午を持って前法王となる。

 摂政としてこの国を牛耳っていたライシカの傀儡とされてきたが、ライシカ亡きあと、今日までのおよそ一年間における内政手腕はまずまずの評価を得たと言っていい。

 不正の洗い出し、地方の是正、組織図の見直しといった部分にメスを入れたのだが、退任する彼女の続投を望む声も出てきていたほどだ。

 しかしサトゥエはその声を無視し、ハナイに禅譲することにこだわった。


「見事です。あなたのその敬虔なる信仰心を見て、わたくしも安心して後事を託すことができましょう」

「はい、サトゥエ様」

「大丈夫。あなたなら皆がついてまいります」


 ハナイは目礼して辞去した。

 即位の儀は正午に始まる。

 それまでに準備することは多かった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「なんですってッ!」


 椅子を蹴倒して立ち上がったスガーラは、報告をしてきた二人の女騎士にすごんで見せた。


「もう一度言ってごらんなさいッ」

「あ、あの、はい。ですから隊長……」


 気弱な女騎士トアーが委縮してしまったので、代わりに彼女の恋人でもある女騎士ターヤが前に出た。


「センリブ森林に潜伏していたらしきエルフの残党が、即位の儀の折にハナイ様の暗殺を計画しているとの噂を耳にしました」


 ターヤは強気な姿勢ではっきりと報告を口にした。

 スガーラを隊長とする三百騎で構成された星屑隊は、翡翠の星騎士団とは分かたれた遊撃部隊である。

 戦のない平時では国の治安を維持するための公安として、主に諜報活動に徹する。

 ちなみに星屑隊に配属されるのは必ず恋人同士(ツーマンセル)である。

 決して裏切り行為が許されない忠誠心を必要とする職務であるため、言葉を悪くすると片方に不正が発覚した場合、もう片方も連帯、あるいは身代わりで処罰されることになる。

 ようするに人質制度に近いものなのである。

 しかし今までのところ目立った汚点はなく、星屑隊の制度は強固な忠誠心と慈愛の心を含む良い面が結果に表れている。


「情報の出所は?」


 スガーラの声は厳しい。

 捨ておくわけにはいかないが、おいそれと信じるわけにもいかない。

 だがハナイの即位の儀まではもう半日もない。

 情報の精査をしている暇はない。


「旅の傭兵らしき者の忠告です。我々が街の巡回中に声を掛けられました」

「昨夜宿の裏手で密談していたのを盗み聴いたそうです……」

「その傭兵はどうした?」

「こちらへ連行しようと思いましたが、その……見事に撒かれました」


 ターヤはバツの悪そうな顔で答えた。


「そいつは何者なんだ?」

「わかりません。でもおそらく傭兵は引退していると思います」

「なぜだ?」

「全身傷だらけでした。ああ、その、古傷です。鎧もボロボロでしたし、剣も持っていませんでした」

「それにおじいちゃんでした。髪は真っ白で、肌もカサカサだったし」

「いや、あれはそんなに年齢は行ってないと思うぞ、トアー」


 年齢に関してはターヤとトアーで意見が食い違うようだ。


「けど左腕に障害があるようでしてた。マントで必死に隠していましたが、もしかしたら隻腕かもしれません」

「きっと適当な作り話をでっちあげた、謝礼目当ての乞食ですよ」


 スガーラは顎に手をやり考え込んだ。

 確かに不審な情報はこれひとつではない。

 なんといっても今日は新法王の誕生が控え、そのために周辺国からの来賓も多い。

 星屑隊と衛視隊以外にも騎士団が王国中の警備にあたっている。

 喧嘩やひったくり、迷子や痴漢など、数え上げればきりがないほどの報告書が今夜までに届くことだろう。

 だがもしそんな報告書にハナイ様の暗殺事件が記載されるようなことがあったら……。


「警備の人数を増やしてもらうようナナ様に進言してみる。お前たちは逃がした旅の傭兵を探しなさい。不審な情報も漏らさず報告する事。いいですね」

「はっ」

「はいっ」


 ターヤとトアーが出ていくと、スガーラも剣を取ってすぐに出た。

 オールドベリル大神殿では今頃ハナイが祈祷を終えた頃合いだろう。


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