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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: あずえむ
第七章 神威・継承編

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605 dialogue 【問答】


〈聖刻歴一万九〇二三年、王の月(1月)レクスの二七日、(めい)の二刻、聖賢者、塔に来訪す〉


 走り書きのペンが止まると老人は背を向けたまま、ひとつ息をついた。

 こちらを向くでもなく、椅子から立ち上がるでもない。

 重苦しい沈黙が流れた。

 アカメはどうすべきか迷いつつも老人のアクションを待つことに徹した。

 待ちながら観察する。

 体格はわからない。

 ゆったりとした暗紫色のローブは老人の姿を包み込み、唯一頭部だけが露出している。

 白髪を肩まで長し、白髭が口元を覆い隠す。

 肌は意外と浅黒く、シワはあるがシミは少なく見える。

 想像よりも若いのだろうか。

 椅子に座る背筋はこれでもかと真っ直ぐに伸びていた。


「この部屋に来て、これほど黙っていられる者はそういないぞ。アカメ・アドレアン・フォーチュナー」


 老人はようやくアカメに向き合うと低い、よく聞き取れる声でそう言った。


「あなたが偉大なる年代史家エンメ殿ですか?」

「いかにも。皆からはそう言われる。最初の部分については自分から名乗ったことはないはずだがな」


 偉大なる、の部分のことであろう。

 謙虚なのか軽口なのかはアカメには判断がつかなかった。


「その、お招きいただきまして大変光栄でございます。が、私共としてはいささか想定外の訪問でして……」

「だが来るつもりではいた」


 老人はアカメの挨拶をピシャリと遮った。


「……ごもっともです」


 千里眼を持つというこの年代史家の噂は方々で耳にした。

 特にハイランドで知己を得た銀姫ナナは直接エンメと対峙したことがあり、その時の様子もアカメは本人から聞き出していた。

 この老人に聞けば、いま世界で何が起きているか、誰がどこで何を企んでいるか、価値ある情報が手に入ると踏んでいた。

 しかしいざ対面してみていささか拍子抜けしたと言わざるを得ない。

 伝説の老人は、この狭く暗い部屋で木製の机と椅子一脚に腰掛けインクに羽ペンで書を書いているのである。

 これで最新の情報を逐一掴んでいるのであろうか。


「そなたが知りたいのはそんな些細な情報ではなかろう」

「え?」


 虚を突かれた気がした。


「世界情勢? そんなものは取るに足らん。なるようになる。ワシはただ起きたことを記録するのみで、歴史に介入することはせん」

「それがどんなに悲劇を生むことになろうともですか?」

「わしは常に中立じゃからな」


 アカメの目が厳しくなる。

 この老人を買いかぶりすぎだろうか。

 力を持つ者はそれをより良い方向へ促す義務があるのではないだろうか。


「この世に聖も邪もない。自然があり、生命がある。それだけだ」


 またしてもアカメの心を読んだかのような物言いだ。


「ですが法は必要です」

「小賢しい知性をひけらかす存在のために、であろう」

「そうです。この世界には知性と文明があります。先ほどあなたがおっしゃりました。なるようになる、と。これがその歴史が行きついた結果でしょう」


 アカメは気圧されまいと反論した。


「半分はその通りだ」


 老人は低い声でそう言う。


「半分?」

「そう、半分だ。知性持つ者たちが紡いできた歴史。その結果が現在(いま)であるのは事実。だが……」

「……なんです?」

「はじまりは、そうではなかった」


 老人の声は遠くから聞こえるようだった。


「はじまり? エスメラルダ建国の歴史ですか?」

「そうではない、ちいさな賢者よ。エスメラルダなぞ、長い歴史の一幕に過ぎん。悠久の時からすればささいな影響しか及ぼさん」

「おっしゃりたいことがよくわかりませんが」

「そうかな? お前はもう気付いているのではないか? 一度(まみ)えたであろう」

「なにに……」


 アカメの中であらゆる記憶が精査されていく。

 特にこの一、二年の間の目まぐるしい情報が脳内を駆け巡っていく。

 そこは不可解なことでいっぱいだった。


「そう。世人には到底理解が出来ぬ。だが」


 老人の目は険しい。


「小さき賢者よ。お前は限りなく近づいているのだよ」

「わたしが……」


 アカメは動揺した。

 今朝、目が覚めた時、朝食を摂っていた時、一日の予定を話し合っていた時、ハクニーと街へ繰り出した時。

 今現在、これほどの動揺をこの不思議な塔で味わうことになるとは思ってもいなかった。

 何気ない一日をなんてことなく終えるのだろうと考えていた。


「制限を与えた方が身になるかな。では三つだ」

「三つ?」


 老人の言葉の意味が理解できない。

 頭の回転が鈍っているのだろうか。


「そう、三つ。三つだけ、お前の質問に答えてやろう。心して問うがいい」

「三つ? なにを聞けと……」

「それがひとつ目の問いか? ワシを誰だと心得ている」

「あ、いや、今のは質問ではありません」


 慌てるアカメにエンメは笑った。


「わかっておる。だがワシの時間は貴重だ。この一刻一刻、歴史は流れておる。ワシはそれらを書き留める必要があるのだ」


 この老人の本当の正体は何なのか。

 それが気になるものではあったが、アカメはそれよりも別の質問をしようと決めた。


「では……ひとつめです……」


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