601 Titania 【旧きモノ】
妖精女王ティターニアはサチの居る玉座の間に入ると、サチの面前に恭しく頭を垂れた。
「藍姫殿にはご機嫌麗しゅう。今日は珍しい菓子を手に入れましたので、ぜひご堪能くださればと」
侍女らしき三人がそれぞれに捧げ持った盆をサチ、ユカ、メグミに差し出す。
「エスメラルダで流行の〈緑星太鼓〉という饅頭です。もちっとした歯触りが特徴ですのよ。いかがでして?」
「うん、わるくない。好きな感じだ」
「ようございました」
「ユカとメグも喜んでいるようだ」
背後の二人にも同じくふるまわれている。
サチが二人にも同じものを持て成さないと激しく怒るのである。
二人は一言も発さないがサチには二人の考えがわかるという。
「今日はこのためだけに顔を見せに来たのか?」
「いえ、実はいくつかご報告がございまして」
サチは食べながらコクンと頷く。
了解と見てティターニアは話し始めた。
「以前よりお話しておりました大闘技会を十二年ぶりに開催いたします。場所はコランダム近郊に現在建設中、時期は半年後となります。近いうち世界中に告知をいたしますが」
ティターニアはサチの顔を窺う。
「優勝者にはこのアーカムの支配権を差し出す、ということでよろしいですね」
「いい」
「御意。ではそのようにいたします」
部屋の隅で聞き耳を立てていたバンは驚いた。
大闘技会という催しはともかく、アーカムの支配権を譲渡するなんて。
声を上げそうになったが慌ててぐっとこらえた。
「それとわらわは数日支配の宮殿を留守にいたします。エスメラルダの新法王即位式に出席いたしますので」
サチは無言で頷くだけだ。
「用件は以上でございます。では」
妖精女王ティターニアは踵を返し退出する直前、思い出したようにサチへと振り返った。
「ひとつお願いがございます。こちらの白タヌキを散歩に連れ出してやりたいと思うのですが、お任せいただけますでしょうか」
サチが背後を振り向くと、ユカは頷いた。
「いいよ」
「ありがとうございます」
ティターニアは侍女たちに珊瑚の檻ごとバンを運び出すよう指示した。
バンは抵抗しなかった。
妖精女王がユカに目配せしたのに気付いていたからだ。
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「散歩なわけないデシ」
「少し話がしたかったのじゃ」
妖精女王の居城、支配の宮殿の最上階にあるテラスからは、荒涼とした赤土の大地と抜けるような青空だけが見えた。
地の赤と天の青が衝突し合う魔の土地。
灼熱の大地ではあるが、うすら寒さを覚えるものである。
「そなたは姫神であったな? 〈旧きモノ〉の正体はなんじゃ」
「それを聞いてどうするデシ」
「どうもせん。先の藍姫との戦いを見るに、もうそなたに大した力はないのであろう」
「……」
「おおよそ見当はつく。おそらくわらわよりも後の姫神であろうからして、千年、いや四百年前の姫神かえ」
動揺を隠そうとしても無駄だった。
バンのことを見る妖精女王の瞳は愉悦に沸いている。
「ホッホッホ。驚いたかえ。さてそなたの正体を探るとすれば、白い獣ゆえ、白姫であったか? ならば簡単じゃ。千年前のアマテラスとは思えぬゆえ……」
「そうデシよ。バンの〈旧きモノ〉はバンダースナッチ」
「謎多き獣か。小さな島の狂人が、小さな娘の気を引こうと生み出した神話の産物じゃな。しかし所詮は獣、そなた、自身の行く末を承知しておるのであろうな? わらわとは違うのだぞ」
バンは己のことを承知している。
今は姫神であった頃の自分をちゃんと覚えている。
すなわち、シオリやサチのように日本から転移してきて姫神となった自分のこと。
大谷チホという自分のことを。
「姫神は死なない。寿命がない。だが永遠に自分を保つことはできない。だいたい千年を超えるあたりがボーダーとなる」
「わかってるデシ」
「ホッホッホ。わらわのことを教えて進ぜようか。わらわは二千年前に降臨した姫神じゃ」
「姫神……やはり」
なんとなくバンには予想がついていた。
いや、妖精女王の正体を元姫神と仮定すればあらゆる点で合点がいったのである。
「わらわの依り代はなんといったか……ああ、確か、小菅マナカといったか。溌溂とした娘であったが、ズァに囚われてマナを吸いつくされたわ。そして捨てられた」
「抜け殻になった姫神は〈旧きモノ〉に取って代わられるデシ」
「そうじゃ。わらわは妖精族の女王ティターニア。受肉したわらわはアーカムの地に自分の国を築いたのじゃ」
「よかったデシね。バンには関係ないデシ」
「本当にそうかえ?」
ティターニアがバンの檻に顔を近づける。
「そなたはあと数百年で自我を無くし、旧きモノに取って代わられる。その醜い獣の姿のまま、永劫に野を彷徨い歩くことになるのじゃ。嫌ではないかえ?」
「……」
「そなたは外れを引いたのじゃ。力はあれど獣の神を引いた。待ち受ける未来はさもしいものぞ」
「……」
「時間はある。よく考えてみる事じゃ。わらわに協力するならば、悪いようにはせん。ホォッッホッホッホ」




