596 albino 【メルナ】
太陽は真昼の高さにある。
一面赤土に覆われた灼熱の荒野だ。
日差しは容赦なく旅人を責め苛む。
二人のニンゲンを乗せたビッグバイソンが、あらん限りの速度でもって疾駆していた。
本来貨物の運搬が主な活用法となるビッグバイソンに、馬並みの走行を強いている。
この行為はあまりにも愚かで、まして灼熱の荒野では自殺行為に等しい。
乗り物が潰れれば乗り手もただでは済むまい。
「もっと飛ばせないのか!」
バイソンの背に備え付けられた即席の補助席から操縦者へ文句が飛んだ。
「荒野に投げ出されたいならご勝手に!」
操縦者も負けじと言い返す。
補助席に座る全身包帯まみれの女は押し黙った。
ネダである。
背中に大きめのバックパックを背負い、それとは別に小脇に包みを抱えていた。
「そんなに焦らないでも平気だ! 追手なんて来ないだろうから」
全身を顔まですっぽりと外套でくるまった操縦者がネダにそんなことを言った。
「盗賊ギルドと取引したんだろう? 巡視隊も見ぬ振りを決め込むよ」
「ふん! 別に恐れてるわけじゃない」
「こっちはいい迷惑だよ! しばらくあそこで商売できそうにない」
「埋め合わせはすると言ったろう、メルナ」
メルナと呼ばれた操縦者はそれ以上何も言わなかった。
彼女(声からしてまだそれほど年齢の行っていない女だ)は、えらく不機嫌だった。
深夜に突然ネダが家に押し掛けてきた。
かなり興奮した様子で、半分取り乱してもいた。
落ち着くまではこちらも気が気でなかったぐらいだ。
なんせ闘技場でもキレたらヤバイと評判の剣闘士さまだ。
そんなネダがある程度の平静を取り戻すとメルナに〈アリの巣〉まで案内しろと言ってきた。
「カルスダに手土産を持ってきた。こいつを買ってもらいたい」
「魔獣の卵じゃないの? こんなにたくさん、どうした?」
「盗んだ」
背負っていたバックパックの中身は大小さまざまな色をした魔獣の卵だった。
「そっちのは?」
メルナはネダが抱えるもうひとつの包みのことを尋ねた。
「こっちは卵じゃない。けどこれも手土産だ」
中身が気になり手を伸ばすとネダは烈火のごとく怒った。
決して包みは開けない。
早くカルスダの元へ連れていけ、と騒ぎ立てた。
「どうして自分が……」
そう不平を述べようとすると、ネダは盗賊ギルドのマスター、ドルコンの名を出してメルナを脅迫した。
二度とこの街で商売ができなくなってもいいのか、と。
商売どころではない。
明日の灼熱の太陽を拝むこともできないぞ、と。
「自分は色素欠乏だ。どうせ太陽の元では素肌を晒せない」
なのでメルナは四六時中、全身を外套で覆っている。
太陽光線を浴びればたちまち皮膚が赤く腫れてしまうためだ。
そんな自分にとって、このコランダムの地下都市以外に適応できる場所を知らない。
しぶしぶとネダの言われるとおりに出発した次第だった。
「けど街から出れるかどうか」
「盗賊ギルドに話を通してもらっている。街の門は素通りできるはずさ」
ネダの言うとおりだった。
街の門兵は通り抜けようとする二人になんのコンタクトもとらなかった。
そのまま明け方から現在の昼頃までビッグバイソンを疾駆させてきた。
「見えたよ」
メルナの声にネダは前方を見晴るかす。
特に建物といったものは見えない。
当然だ。
〈アリの巣〉と呼ばれる施設は深い縦穴を降りた地下にあるのだから。
「さ、降りるよ」
巨大な昇降機前に到着すると、メルナは慣れた手つきで昇降機を作動させた。




