595 Guardhouse 【巡視隊詰所】
憔悴したリオの面倒をダーナに頼み、ウシツノはゴブリンの巡視隊長アサルトウイングを詰所に訪ねた。
時刻は昼に差し掛かっていた。
詰所には数人の隊士を残しほとんど出払っていた。
そもそも治安が良いはずもない闘技場が主体の地下都市なのである。
アサルトウイングはウシツノを確認すると建物内のさらに地下、遺体安置所に通してくれた。
中はひんやりとして肌寒く、明かりも最小限で石壁の間からは水が滴り落ちていた。
「地下水が流れているんダ。近くをナ」
そう言ってゴブリンは重い金属扉を押し開けた。
中にいくつも死体が置かれていた。
と言っても今回の事件に関する死体はひとつだけ。
ヤソルトの首なし死体以外は何も関係ない。
「あ、と。そういえばいくつか関係ある死体があったナ」
アサルトウイングはウシツノにニンゲンの若い女性の死体を指し示した。
「五日前だったか、勤め先の娼館で殺されたんダ。隣にあるのはそこの従業員の男どもで、その娼婦ともどもやられちまっタ」
「何が関係あるんだ?」
「犯人はヤソルト・クシャトリヤだそうダ。娼婦の最期の客だっタ」
「まさかッ……」
意外過ぎる話だった。
一週間ほど行方が分からなかったが、あの最後に会った朝、あの直前にこの娘たちを手にかけていたというのだろうか。
「なんでだ? 動機は?」
「わからんヨ。だが、まともじゃなかったのサ」
ますますわからなくなった。
「まあ、特別にひとつだけ教えてやるガ」
「なんだ?」
「この娼館を経営していたのは盗賊ギルドだ。その娼婦はそこのギルドマスター、ドルコンって野郎のお気に入りでもあった」
まあよくある話だろうと思った。
「娼婦が死んだ日の夕刻、その盗賊ギルドに押し入った奴がいる。全身群青色の硬革鎧を着て、髑髏のマスクをかぶった奴ダ」
二人してヤソルトの死体を見る。
彼は常に全身群青色の硬革鎧を着ていた。
「だが髑髏のマスクってなんだ?」
「そのままの通りサ。ギルドを襲撃して何人か手にかけたそうだが、突然大声を上げて逃げ去ったらしイ。ま、面子もあるだろうから、ギルドは被害届も何も出しちゃいないがネ」
アサルトウイングはヤソルトの身体にかけられた白い布をめくった。
「一応、アンタも顔見知りだロ。仏を確認してみてくれヤ」
そうは言われたが肝心の顔は頭部ごと、首から上が一切なかった。
「確かに身に着けた鎧や背格好はヤソルトかもしれないが、本当に本人なのか?」
「そうであってくれた方がシンプルに事が済ム」
最初の印象通り、このゴブリンには真犯人を探すとか、そういった事への責任感はなさそうだった。
「オレたちはこの街の治安を守るためにいるんだヨ。探偵ごっこは管轄外だネ」
「こいつがヤソルトだとして、この遺体はどうするんだ?」
「しばらくは置いておくが、必要無くなったら破棄……埋葬するサ」
「卵を盗み出したネダは? 追わないのか?」
「言ったろウ? オレたちの仕事はこの街の治安維持で、街の外に出たら管轄外だヨ」
ウシツノは呆れた。
とことん事件の真相に興味がない様子だ。
治安維持というのも言葉通りには受け止められない。
事件があった。
片付けはした。
その程度でしかない。
ウシツノは詰所を後にした。
ここに居ても自分には何ひとつ出来ることが思いつかない。
誰かに相談したいが、相手はダーナぐらいしかいない。
「とりあえず、リオの家に行こう。ダーナもたぶん、まだいるだろうし」
こんなにも無力感を感じるとは思わず、ウシツノは力なく歩き始めた。




