594 wing 【ゴブリン兄弟】
普段ほとんどの人が寄り付かない魔獣の飼育場に、今朝は多くの人が集まっていた。
「リオ!」
ダーナと共に訪れたウシツノは、彼女の元へと一目散に駆け付けた。
リオは数ある掘っ立て小屋のひとつに近い、草むらの上にへたり込んでいた。
目の前にゴザをかぶせた遺体がある。
リオの父親のものだそうだ。
昨夜はリオをウシツノの応援に送り出し、ひとりで部屋でくつろいでいたはずである。
それがこの草むらで倒れていた。
剣で切られた痕があり、それが致命傷となった。
確かに周囲にも多量の出血の跡が見られる。
しかしどうしてこんなことになったのだろうか。
「押し込み強盗だヨ」
ひとりの男が歩み寄って教えてくれた。
男と言ってもニンゲンではない。
小鬼族だった。
「よお、剣聖! 初めましてだナ。昨夜の試合、すごかったんだってナ? オレも見たかったゼ」
「だ、誰だい、あんた?」
いきなり馴れ馴れしく話しかけられてウシツノは困惑した。
「ハハッ、オレは街の治安を維持する巡視隊を仕切っていル、アサルト・ウイングってんダ。闘技場を仕切るピース・ウイングとは兄弟サ! よろしくナ」
「は、はあ」
どうやらこの街は歓楽街も治安維持もゴブリンの兄弟に仕切られているようだ。
あまりまともなモラルが通じるところではないだろうとウシツノは思った。
「この事件の担当ってことでいいのか? 誰が強盗なんて?」
「あ、あー! まあ事件なんてものはだナ、おおむねもうすでに解決してるんだワ」
「犯人は?」
「お? まだ聞いてないのカ?」
そう言われて思わずダーナの顔を見る。
ダーナに起きしなにリオの父親のことを聞き、すぐにここまでやって来たのだ。
あとダーナに聞かされたことと言えば。
「ヤソルトの、首のない死体があったと」
「それそれ。被疑者死亡でこの事件は解決ダ」
ヤソルトが犯人扱いされている。
ダーナの目も困惑の色をたたえていた。
ダーナにしてもヤソルトを犯人と決めつけたくはなかったので、ウシツノにそこまでを伝えられなかったのだ。
「ちょっと待ってくれよ。ヤソルトが犯人ならそのヤソルトは誰に殺されたんだ?」
「ルバルトだろうヨ。強盗と刺し違えたんだろウ」
ルバルトというのはリオの死んだ父親の名だ。
「でもあの人は身体が不自由だったんだ。歴戦の戦士であるヤソルトと相討ちにまで持ち込めるはずが……」
「剣聖、ここがどこだか忘れたかネ? 周りには恐ろしい魔獣が飼育されているんダ。そいつらをけしかければ容易いヨ」
「首はどこだ?」
「見つかっていなイ。おそらくどれかの魔獣の腹の中だナ」
ウシツノにはとてもそうは思えなかったが、頭が回らずこのアサルト・ウイングと名乗るゴブリンを論破する方策が見つからない。
「先ほど強盗とおっしゃいましたが、何が狙われたのですか?」
ダーナがウシツノに代わって質問をした。
「そのお嬢さんに確認したがネ、何個か貴重な卵が無くなったそうダ」
「卵?」
「ここがどこだか忘れたかネ? 魔獣の卵に決まってるだロ」
「ちょっと待ってください! ヤソルトさまが犯人なら、どうして卵だけ無くなっているんですか?」
「仲間がいたからに決まってル」
「仲間?」
驚いたのはウシツノの方だった。
この街に連れてこられ、剣闘士にさせられたウシツノとヤソルトに、ダーナ以外に仲間と呼べるものがいるだろうか。
特にヤソルトは孤立するきらいがあった。
「木乃伊蜂サ」
「ネダ? そんなバカな」
「数日前に街区を二人で歩いていたのを見かけたというタレコミがあっタ。それに昨夜、二人そろって闘技場に現れなかっただろウ?」
「う……」
確かにそうだ。
予定ではウシツノとダーナはヤソルトとネダのタッグと試合を組まされていたのだ。
しかし直前になっても二人は姿を見せなかった。
そのためウシツノは急遽飛び入りしたチャンピオン、アナトリアと死闘を演じたのだ。
今もその時にやられた傷のせいで左腕を包帯で首から吊るしていた。
「いいカ? 事件の骨子はこうダ。昨夜、試合を避けた二人は数名の手下と共にここへ押し込み強盗に来タ。目的は魔獣の卵ダ。闇市に流せば高値がつくしナ。だがルバルトに見つかり魔獣をけしかけられ、ルバルトとヤソルトは相討チ。卵を持ったネダと手下どもは闇夜に消えちまったって寸法サ」
「手下たち?」
「おそらく牛頭ブロウの取り巻きダ。ネダはあいつらを顎で使っていたからナ。だが実力からみて主犯格はヤソルトだろウ。そのヤソルトが死んだ今、奴らは泡食ってこの街から逃げ出したろうネ」
アサルト・ウイングはこの自説に非の打ちどころはないと断言した。
あとはネダと卵の行方を調べるだけだが、派手さに欠ける地味な調査に見るからにやる気はなさそうだった。
「ヤソルトの……その、首のない死体はどこにある?」
「一応オレたちの詰め所に運んであル。無縁仏だし、そのうちに破棄……あー、埋葬するがネ」
「見せてくれないか?」
「ん? あー、まあ、ちょっとだけだゾ。アンタには稼がせてもらったこともあるし、アイドルもいてるしなア」
ウシツノの試合で賭けに勝ったことがあるのだろう。
ダーナにも厭らしい視線を向けていた。
あとで詰所を訪ねる約束をして巡視隊は引き上げていった。
「リオ……」
父親の遺体は置いていった。
調査は終わっているので後はご自由に、とのことだった。
ウシツノとダーナはリオを慰めるための言葉を思いつくことができずにいた。
そしてウシツノには幾つもの疑問が浮かんでいた。
しかしどうまとめればいいのかもわからない。
こんな時にアカメやアマンがいれば。
考えても仕方のないことではあった。




