587 three days 【三日間】
三日後にダーナと組んで、ヤソルトとあのネダという包帯女のコンビと闘うことが決まってから、三日が経った。
この三日間、結局ウシツノはヤソルトと顔を合わせる機会はなく、代わりに三日間、片時も離れず傍らにはダーナがいた。
二人で協力して闘うのだから、寝食を共にするのが一番だとインバブラに強要されたのだ。
と言っても同じものを食べ、同じスケジュールで鍛錬をし、そしてとりとめのない会話を繰り返す。
ただそれだけのことであるが、それだけのことが重要だと力説された。
意外にもダーナもその意見に賛同していて、「大切なのは阿吽の呼吸です」とたしなめられた。
仕方なく三日間、行動を共にすることは承諾したが、インバブラがウシツノにもダーナのようにスポンサー名の入った鎧を着せようとすることには最後まで拒否の姿勢を貫いたのだった。
「チケット、かなり売れているそうですよ」
ある時ダーナがそう教えてくれた。
観戦チケットだけではない。
闘技場の試合は全て賭けの対象となる。
公式のものもあれば裏で捌かれる非合法のものもある。
どちらにしても自分たちの試合は注目度が高く、間違ってもお粗末な試合は見せられない、とインバブラが言っていたそうだ。
「勝手な話だ」
インバブラに向けてか、賭けの胴元に向けてか、はたまた観衆に向けてか。
ウシツノはいつの間にかこの街で流されているだけの自分に戸惑いを覚え始めていた。
「バンかアカメがいようものなら、今頃何を言われていたことやら」
「はい? なんですか?」
「いや、なんでもない」
華麗に剣舞の練習をこなすダーナがウシツノのぼやきを聞き留めたのだ。
うっすらと弾ける汗が光を乱反射し、上気した吐息が彼女の活力と熱意をより魅力的に見せている。
まったく、なんて美しい娘だろう。
カエル族の自分が見ても、ニンゲンであるこの娘が魅力的な女性であることは理解できる。
許嫁である刀鍛冶の一番弟子シバを探すために、生まれ故郷を出ていまこの街にいる。
闘技場コランダム。
血と暴力と金と欲望が渦巻く地下都市に、このニンゲンはあまりに不似合いだと思う。
三日前にはこの街の盗賊ギルドが何者かに襲撃されたという話も聞いている。
その前の日には娼館でひとりの娼婦と何人かの使用人が殺されたという話も聞いたが、ここではそんなことは日常茶飯事なのだそうだ。
「盗賊も娼婦も、わたくしはあまり賛成できる職業とは思えませんので」
ダーナの意見は至ってシンプルであり、故に辛辣だった。
そんな感じで三日間はあっという間に過ぎ去った。
もっといろいろ考えることもあったはずなんだが。
そう思うウシツノだが、時間は常に一定の速さで流れているのである。
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試合時間は間近に迫ったが、前座の試合が長引き、控室にこもるウシツノとダーナはなかなか呼ばれることがなかった。
「ちょっと様子見てくら」
そう言ったインバブラが出て行ってからもそれなりの時間が過ぎている。
いつものようにピンク色の鮮やかなビキニ鎧を着せられたダーナが、体を冷やさないようウォーミングアップを始めたころ合いに、可愛らしい訪問者が訪れた。
「ご無沙汰してます」
「リオじゃないか。どうしたんだ?」
訪れたのは魔物使いの娘、リオだった。
牛頭ブロウとネダの嫌がらせを止めたウシツノに最近とても懐いているのだ。
「今日はプライベートで応援に来ました」
「どちらさまですの?」
人当たりもよくにこやかなリオにダーナも警戒心なく挨拶を交わす。
「じゃああのローパーの?」
「その節はすいませんでした」
エキシビジョンマッチでローパーという触手を持つ魔物と闘わされたダーナには苦い思い出でもあった。
「もういいのです。あれもわたくしの未熟さを知る良いきっかけとなりましたので」
「それに諸悪の根源は今日の対戦相手だしな。……ああ、それで応援に来てくれたのか」
「そんな! ちがいますよぉ」
少し意地悪な言い方をしたな、とウシツノは笑い、つられてリオも笑顔になった。
どうやら引きずってはいないようだとウシツノはさりげなく安心した。
「ところで今夜はここに来ていて大丈夫なのか? その……」
言い難そうにするウシツノを見てリオは笑顔で頷いた。
「はい。父なら大丈夫です。今日は調子がいいらしく、私がウシツノさんの応援に行くのを後押ししてくれました。父もウシツノさんに感謝してましたから」
「大したことはしてないよ」
「そんなことありません」
牛頭ブロウの暴虐の犠牲となったリオの父親は、身体が不自由となり、今は闘技場で戦う魔物の世話の大半をリオが担っているのだ。
「まあなんにせよ、親父さんも元気でよかったな」
「はい」
そこまで話したところでインバブラが戻ってきた。
「おい、そろそろだぞ」
ウシツノとダーナは頷くと、試合場のすぐ裏手へと出向いていった。
「ウシツノさん、ダーナさん、がんばってください」
「おう!」
「ありがとう」
リオの声援に二人は笑顔で答え、そして試合場への扉に向き直ると、一瞬にして厳しい表情へと様変わりしていた。




