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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: あずえむ
第七章 神威・継承編

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584 The limits of the dead 【限界】


 朝、目が覚めたウシツノはギョッとして、思わず寝台から跳ね起きた。

 自分の寝台のある壁際の反対側にもうひとつの寝台がある。

 同室のヤソルトのための寝台だ。

 その寝台のわきにひとりの男がこちらに背を向けて立っていた。

 全身群青色(ウルトラマリン)硬革鎧(ハードレザー)を着込んだ戦士。

 それがヤソルトであることはすぐに分かった。

 牛頭ブロウとの闘いから二日目の朝を迎えていた。

 ウシツノとヤソルトに割り当てられている自室でのことなので、それ自体は特別なにもおかしな話ではない。


 しかしヤソルトは豹頭族(パンテラ)のクロヒョウと闘った後、一週間以上も行方知れずだった。

 そしてふらりと帰ってきたのはいいとして、その気配に気付くこともなく寝入っていたことにウシツノは(ほぞ)を嚙んだ。

 しかも帰ってきたヤソルトがそこにそうして佇んでいることに、間違いなく数分間、ウシツノは気付けずにいたのだ。

 ヤソルトも何も言わず、静かに部屋へと入り、そしてそこにそうして立っていたわけだ。

 まるで幽鬼のように。


「帰ってたのか」


 なるべく平静を装いつつ、ウシツノは自然な風を装い声を掛けた。

 この男とは知り合ってまだそれほど長くはないと言う事実を思い出していた。

 チャンピオンに負けてからこの一週間、どこで何をしていたのか、どういった心境であるのか。

 そうしたことを推察することすら困難な間柄でしかないのだ。


「ん?」


 そこでウシツノは、ヤソルトの全身が少しばかり濡れそぼっていることに気が付いた。

 全身を洗い流し、適当に拭い取った程度に思える。

 雨でも降っていたのだろうか。

 いや、半分地底に広がるこの闘技場施設と鉱山都市で、自由に外へ出られるほどに剣闘士は自由を与えられてはいない。


「なんでもないさ」


 ようやく、ヤソルトがか細い声でそう答えた。


「そうか。でも着替えた方がいいと思うぞ。ニンゲンはカエル族(オレたち)と違って、そのままでいると風邪をひくんだろ?」

「オレなら大丈夫だ」


 そう言ってヤソルトは自分の寝台にようやく腰を落ち着けた。


「……ふぅ」


 ウシツノはため息をひとつつく。

 聴きたいことはいろいろあったが、とても快く話してくれそうには見えない。

 ただまあ無事に戻ってきたという事で、今は良しとしておくことにした。

 そう決めたら腹が減ってきた。


「朝飯に行くけど、お前は?」


 そう尋ねてみたが答えは静かな寝息だけだった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 いつもの食堂へ赴いて、いつも通りの朝食を食べる。

 ウシツノの朝飯はお茶漬けだ。

 鮭茶漬けの日もあれば、こぶ茶漬けの日もある。

 だが今朝は味噌汁をご飯にかける汁かけ飯にした。

 そんなメニューはないのだが、自分でご飯にぶっかけたのだ。

 離れた席にいる者の中にはそれを見て顔をしかめる者もいた。


「好きに食べて何が悪い」


 ウシツノは構わず飯をかっ込んだ。


「ここは元々は鉱山都市ですから。いわゆる飯場ではその食べ方は縁起の悪いものとされているんですよ」

「ダーナか。おはよ」

「おはようございます」


 ウシツノのテーブルにダーナも着席した。

 彼女は少し硬めのパンとミルクを持ってきていた。


「これ、縁起悪いのか?」

「山崩れとか、事故を連想させるそうですよ。わたくしもよくは知りませんけども」

「ふうん」


 理解はしたが止めるつもりはなかった。

 そもそももう鉱山は閉山して、今は血なまぐさい闘技場なのだから。


「ああ、ヤソルトなら今朝戻ってきたよ」


 一応ダーナにも報告しておこうと思った。

 というよりも、この地でこういった会話をできる相手はダーナしかいないのだ。


「それはよかったです。ひと安心ですね」

「うん。そうなんだけどさ……」


 ウシツノが話をしようとした矢先、食堂の隅にあるテーブルが突然ひっくり返った。

 椅子が倒れる音や食器が割れる音がして、同時に苦悶の喘ぎを発しながら男が倒れ込んだ。


「どうしたんだ?」


 駆け寄ろうとしたウシツノの手をダーナが掴んで止める。


「無駄です。すぐに闘技場の処理班が来ますから」

「処理班?」


 ウシツノがもう一度倒れた男を見る。

 見覚えがある奴だった。

 同じ剣闘士だ。

 闘っているところを見たこともあるが、あまり強い剣闘士ではなかった。

 よく死なずにいると関心はしていたが。


「時間切れです。勝てない剣闘士は解毒剤をもらえませんから」

「あっ」


 ウシツノにもようやく事態が呑み込めた。

 ここの剣闘士はデビュー戦で生き残るとその後に遅効性の毒を飲まされるのだ。

 その後、試合で勝つたびに少しずつ解毒剤をもらえる。

 解毒剤を飲む限り死に至ることはない。

 それを何度か繰り返すことで体内の毒は中和され無害となり、剣闘士から自由の身となれるのである。

 あくまでここでは戦うための奴隷であることを思い出させる処置であった。


 ほどなくして数人の処理班と呼ばれる男たちが現れ、すでに動かなくなった剣闘士を担いで出ていった。


「大丈夫ですか?」


 ダーナが声を掛けてくれる。


「ああ、オレなら大丈夫だ」

「いえ、そうではなくて……」

「ん?」

「言い難いことですけど、ヤソルト様はもう半月ほども解毒剤をお飲みになっておられないのでは?」


 確かにそうだ。

 ウシツノは先日も牛頭ブロウに勝ち、闘技場を沸かせた。

 試合後、いつも通りに祝杯としてワインに混ぜられた解毒剤を飲んでいる。

 だがヤソルトは一週間以上試合をしていない。

 その前の試合も現チャンピオンのクロヒョウことアナトリアに負けている。

 最後に解毒剤を飲んで半月は経っているのだ。


「解毒剤を飲まないでいられるのはどれくらいの期間なんだ?」

「個人差がありますが、半月も断てば体に影響が出始めます」

「どんな?」

「微熱や悪寒、倦怠感。もう少し経つと手足の痺れ……」


 今朝のヤソルトの様子は当て嵌まるだろうか。


「とにかく次の試合を早めに組んでもらって勝つしかないってことか」

「ヤソルト様のお加減が悪いのですか?」

「いや……うぅん……わからん。まだ何も聞いてないから」


 呑気に朝飯などしている場合じゃなかったのかもしれない。

 いや、そもそも奴はこの一週間どこにいたというのか。


「ではお話を伺いにまいりましょう。ご本人ももしかしたら体に不調を感じてらっしゃるかもしれません」

「そ、そうだな」


 ウシツノとダーナは急いで自室へと戻った。

 しかしそこにヤソルトの姿はなく、寝台はもぬけの殻だった。


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