583 skull man 【髑髏の男】
コランダムの街にも当然ながら裏の顔を取り仕切る組織が存在する。
盗賊ギルドである。
一定の秩序を維持するにはどうしても欠かせない組織であり、伝手とコネ、そして金さえあればこれほど利用価値の高い組織も他にない。
ネダ自身、この大陸でもっとも大きかった自由都市マラガの盗賊ギルドに属していた経験がある。
勝手知ったる裏世界なのだ。
ネダはこの街の盗賊ギルドに金を支払い、行方の分からないヤソルトの所在を突き止めてもらうつもりでいた。
「あの男もそれなりに利用できる。いや、してみせる」
街区の中でも賭場が集まる危険がエリアにギルドの本部はある。
ネダも何度も出入りしている。
入り口は巧妙に隠された路地裏で、常に見張りとして浮浪者の格好をした盗賊がいるはずだ。
そいつに幹部の名とチップを握らせれば通してくれる。
しかしいつも変わらない雰囲気のその路地裏が、今日に限っていつもと違う様相を呈していた。
見張りのシーフがいない。
いや、いた形跡はある。
乱れた外套と折れた歯と汚らしい血痕が何かを物語っている。
ネダはそっと路地裏を覗き込んだ。
しかしなんの物音ひとつしない。
「どうしたんだってんだい」
警戒しつつ、ネダは盗賊ギルドの中へと踏み込んだ。
状況はすぐに理解できた。
何者かが暴れたのだ。
ギルドはその者と戦闘になった。
本部の中でだ。
「酔狂な奴だ」
盗賊ギルドに殴り込むなんて、後の人生を棒に振る行動だ。
建物内を奥に進むに従いケガを負い倒れ込む構成員の姿が目に付きだした。
それと同時に奥から大勢の怒号が聞こえてくる。
どうやらまだかなりの人数が応戦しているらしい。
「殴りこんできたバカは何処のどいつだ?」
警戒しつつも興味を持って、ネダは最奥の部屋が見える通路の端に辿り着いた。
奥でギルドマスターの灰色石ドルコンが倒れている。
その周囲をかばうように何人もの幹部や構成員が各々の得物をちらつかせていた。
相手はたったひとりの男だった。
男だと思う。
スラリとした体躯。
ニンゲンであるならば高身長。
群青色の硬革鎧に身を包み、顔は……。
「ハッ!」
ネダは思わず息をのんだ。
おそらく盗賊たちの返り血を浴びている、その男の顔、いや頭部は、それはヒトの顔ではなかった。
髑髏であった。
「てめぇ、いったい何者だ」
息も絶え絶えなドルコンが膝を着きながら髑髏の男を詰問する。
見ればギルドマスター・ドルコンの右肩は流血で真っ赤だ。
他にも血を流し倒れている盗賊たちが何人もいる。
髑髏の男は武器を持っていないが、その両腕はべっとりと赤い返り血で染まっている。
「グゥ、グルルルル」
髑髏の男は言葉で答えようとはせず、獣のようなうなり声で答えた。
無謀にも背後から襲おうとした盗賊もいたが、振り向きざまにそいつの胸に爪を食い込ませると肋骨を掴んで引き抜き殺害してしまった。
あふれ出る流血を髑髏の顔に浴び悦に浸っているようだった。
「な、なんだこのバケモノ」
さしもの盗賊ギルドの親分と言えど背に冷たいものが流れるのを止められなかった。
だが突然、髑髏の男は苦しみだした。
頭を抱え膝から崩れ落ちそうになる。
それでも直前の行為を目の当たりにしたばかりのため、周囲の者は誰もが遠巻きになって見つめるばかりだ。
「グオオォォォ」
髑髏の男は一声絶叫すると出口に向かい走りだした。
誰もそれを止めようとはしない。
出来なかった。
その先にネダがいた。
当然ネダも行く手を塞ぐ勇気はない。
狭い通路の端により道を開けた。
「ッ」
そいつが走り抜ける際、かすかに何かが変貌したように見えた。
だがそれを確認することも出来ずにただ見送る以外なかった。
脱兎のごとく消え去った謎の男を、その場の誰もが緊張した面持ちで見送るしかなかったのだ。
「あいつは……」
髑髏の男が去った跡と、ギルドの情けない幹部連中の惨状とを見比べる。
ネダの中に恐れと、それを上回るほどの期待感が生まれていたのだが、その正体をまだ掴みきれずにいた。




