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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: あずえむ
第七章 神威・継承編

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581/721

581 stop 【寸止め】


挿絵(By みてみん)


「ん?」


 会場中の声援が一瞬止まった。

 試合開始の銅鑼が鳴らされてスグだった。

 牛頭ブロウの目の前に刃が突き付けられていた。

 凶暴なグレートアックスを振りかざそうとした姿勢のままに、巨漢は動きを止められた。


「え? これで終わ……」


 観客の誰かが漏らしたそんな声が終わらぬうちに、ウシツノは突き出した自来也を引っ込めて開始線に戻った。

 そして何事もなかったように刀を引っ提げて仁王立ちする。

 客席は息をのんだ。

 今の早業は意表を突かれたが、それで仕留めなかったのは相手を煽る行為以外のなにでもない。

 その相手は最悪の牛頭ブロウだ。

 ヤツの怒りは噴火するのは目に見えている。


「舐めた真似が過ぎるなカエルッ」


 牛頭ブロウが両手で握ったグレートアックスを振り回す。

 一振りで暴風が巻き起こり、地面の白い砂を撒き散らす。

 カエルの胴体を薙ぎ払う光景を誰もが見た気がした。


「ッ!」


 斧の先にカエルはおず、牛頭ブロウは左の首筋に冷たいものが触れるのを感じた。

 またしても観衆は息をのんだ。

 ウシツノが牛頭ブロウの肩に乗り、首筋に刀を当てているのだ。

 いや、優しく触れている程度、それでもいま掻っ切ればそれで終わる。

 誰も、牛頭ブロウ本人ですらも、ウシツノの動きを追えていなかった。

 またしてもウシツノは、跳び降りて開始線へとゆっくり戻った。

 そして静かに仁王立ちする。

 観衆は思いがけないこの異様で静かな立ち上がりに困惑した。

 そしてそれ以上に混乱しているのは牛頭ブロウだった。

 顔を真っ赤にし、今にも血管を突き破り血が噴き出そうなほどに怒りの形相をていしている。


「ふザゲンナッッッァ」


 猛牛の突進を思わせるタックルだったが、ウシツノはひらりとそれを躱す。

 だが躱された牛頭ブロウも体をひねり斧を振る。

 身を低くして躱したウシツノだが、今度は牛頭ブロウも追撃する。

 丸太を何本も束ねたような太い脚で地面もろともに蹴り上げる。

 半身で躱したウシツノの刀がその太い脚にピタリと触れる。

 またしても(はがね)の冷たい感触を覚えたが、牛頭ブロウはもう構わずに次の攻撃を繰り出す。

 頭上から振り下ろされる斧を躱したウシツノの刀は牛頭ブロウの胸に触れる。

 冷やりとしたのは心か、身体か。


「グオッ」


 殴り飛ばそうとした右腕をかいくぐられると、顔の右側面に冷やりとした感触が触れる。

 牛頭ブロウの攻撃一動作に着き、必ずウシツノの刀が身体のどこかしらに優しく触れるのだ。

 闘技場に来ている、目の肥えた観衆にもその異常事態が徐々に伝わり始めた。


 もう何手もウシツノの致命的一撃(クリティカルヒット)が寸止めされていた。


 そのたびに牛頭ブロウは刀を弾き、次の攻撃を繰り出す。

 敵の情けで生き延びているという事実に構わず、むしろ虚仮(こけ)にしてくれている、この小さなカエルに対する怒りが我を忘れるほどに激しい連続攻撃を続けさせていた。

 だがそのどれもがウシツノには届かない。

 技量の差は歴然だったのだ。


「なにさ、無様ね」


 会場で真っ先に見切りをつけたのはネダだった。

 牛頭ブロウは強かった。

 そう、今までは。

 ここでは強い者がのさばれる。

 だからこそ利用できると身を預けてきた。

 それも今夜限り。

 観衆の多くがそれを察していた。


「ガァァァァッッッ」


 グレートアックスを地面に叩きつけた。

 ものすごい地響きが闘技場を揺らす。

 しかしその一撃も当たらなければ意味がない。

 またしてもウシツノの寸止めは牛頭ブロウの喉元であった。


「クソがぁッ」

「往生際が悪いな」


 斧を捨て、両手で掴みかかってきた牛頭族(ミノタウロス)の手首の腱を切り裂いた。

 牛頭ブロウの両手首から血が噴き出す。


「もう誰も殴れない。武器も振るえないな」

「グモォォォゥゥゥッッッ」


 右足の蹄で地面を掻き毟り、牛頭ブロウはウシツノへ突進した。

 頭の角を向けて。

 ウシツノは難なくそれも躱すとすり抜けざま、牛頭ブロウの右足首も切り裂いた。

 体勢を崩した牛頭ブロウは頭から試合場を囲む鋼鉄の壁に激突し、気を失った。

 壁は大きくひしゃげ、牛頭ブロウの頭の角も砕けていた。


 この瞬間、ウシツノの勝利が決まった。

 誰も予想していなかった、小さな剣聖の完全勝利であった。


「そうだ、今気が付いたよ」


 ウシツノは倒れている牛頭ブロウの頭を見て嫌な顔をする。


「オレのあだ名、このウシツノってのは、オレの頭部の出っ張りが牛の角みたいだってンで、アマンに付けられたんだったわ」


 会場に割れんばかりの「ウシツノ」コールが響き渡る。


「ダーナが本名のダナナで呼ばれないことを気にする気持ち、少しわかったかな」


 そうして試合場を後にする。

 帰りしな、客席にいるリオの姿が目に入る。

 彼女は目を丸くしているようだが、少しは留飲が下がっただろうか。

 そして裏へ降りるとダーナとインバブラが待っていた。

 二人とも言葉を無くしたように呆っとしている。


「勝ったぞ」


 そうインバブラに一言言ってやった。


「お、おう」


 さしものインバブラも驚いたようだった。

 実を言うと牛頭ブロウに勝てるとは思っていなかったのだ。


「ん?」


 そんな二人の背後にもうひとり、ウシツノを見ている人物がいた。


「チャンピオンッ」


 インバブラが驚きの声を上げる。

 そこにいたのはこの闘技場の現チャンプ、豹頭族(パンテラ)の戦士アナトリアだった。


「……」


 しかし彼は何も言わずに去っていった。


「珍しいぞ。クロヒョウが他人の試合を観戦するなんてな」


 クロヒョウとはチャンピオンのあだ名だ。

 全身が黒い毛の豹なのでそう呼ばれている。


「そうなのか」


 インバブラの興奮した様子にウシツノはそれ以上答えず、自分もさっさと帰ることにした。


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