579 magical goods store 【魔法雑貨店】
雑多な商品と、大小さまざまな木箱が積まれた露店の奥の壁際で、ウシツノはそっとネダの行方を追った。
全身に包帯を巻いた奇異な出で立ちの女は、これまた頭から足元まですっぽりと黄色い外套で覆われた人物と相対していた。
「例の卵は届けてくれたの?」
「届けた」
卵とは、魔物使いのリオという娘がネダに預けた魔獣の卵のことだろう。
リオの言うにはその卵の代金として貴重なユニコーンの角を譲ってもらえる約束だという。
盗賊都市マラガに伝手があると言ったネダを信じての行いであったが、それを弱みとしてリオはネダの半ば言いなりになっていた。
(ではあの相手が仲買人という事か)
「確かに届けた。これがカルスダからの受領証だ。金は後日だそうだ」
「ふん。確かに。なるべく早く頂きたいものだけどね」
(カルスダ? どこかで聞いた名だ)
「あまり文句は言わないことだ。払うと言っているのだから。さもなくば」
「わかってるよ。私もあの狂った三博士と反目するつもりはないさ」
(三博士! そうか、カルスダ。〈アリの巣〉にいたあの女か。確かヤソルトの……)
ウシツノはそこで話が違うことに気が付いた。
リオの預けた魔獣の卵がどういうわけかマラガではなく三博士の元へ売られている。
どういう意図があるのかまではわからないが、少なくともネダはリオを騙して小銭稼ぎに走っているとみて間違いないだろう。
予想していたこととはいえ、魔物使いの少女に対するネダのこの仕打ちにウシツノは腹を立てずにいられなかった。
しかしここで飛び出してそのことを糾弾しても何もならない。
ただリオの魔物使いとしてのあるまじき軽率な行動を逆に非難され、しかも騒ぎを起こせばこのことが明るみになるだけだ。
それに酷なようだがウシツノはこの件に関しては全くの部外者なのである。
(とはいえ、この商人を抑えておけば三博士の女に辿り着けるかもしれない。ヤソルトの復讐に役立つかもしれない、か)
ヤソルトの生き方にもウシツノはどうこう言う気はない。
復讐は何も生まない、とかよく聞くセリフを吐くつもりもない。
そんなのは個々で状況も考えも変わるものだ。
だからウシツノは必要な情報だけを頭に入れておき、その時が来たら適切に対応するだけだと思った。
ネダとその商人は別れ、ネダは雑踏の中に消えていき、商人は自分の露店で商いに戻った。
その露店の看板だけは記憶しておく。
『メルナ魔法雑貨店』
東方語でそう書かれていた。
使い方のわからない小道具や、気味の悪い呪具が並べられており、どれも一週間分の食費が賄えそうな値段が書かれてあった。
ウシツノは興味のなさそうな顔でそれらを眺めると、その場を離れヤソルトを探す散歩を再開した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しかしその散歩は徒労に終わった。
そもそも闇雲に街区を歩き回れば見つかるというような都合のいい話はない。
ネダの悪事が露呈しただけでも奇跡に近いのだ。
ヤソルトは放っておいても大丈夫だと考え、ウシツノは自分の問題に対峙することにした。
二日後の試合だ。
相手は悪名高き牛頭族の牛頭ブロウ。
粗暴で残虐、しかもあのネダとつるんでいる。
義憤で対戦を組んでもらったが、自身の修業の相手としても申し分ない。
ウシツノは刀を膝の上に置き、静かに瞑想を始めた。
ヤソルト、ダーナ、リオ、インバブラ。
ピースウイング、クロヒョウ、牛頭ブロウ、ネダ。
この闘技場で関わる人物たちの顔が順番に浮かび上がる。
さらに妖精女王、藍姫、三博士。
そしてバン。
バンのことは心配していなかった。
元は姫神。
現在でもその気になればウシツノよりも高い戦闘力を発揮する。
「まあそのうちまた会えるさ」
今考えてもどうしようもないのだ。
だったら今考える必要のある事を考えればいい。
まずは牛頭ブロウ。
ウシツノの目がすぅっと薄く開かれた。




