573 Monstre-tamer 【魔物使い】
ウシツノが、騒乱罪を名目に、反省室という名の独房を出れたのは、乱入騒ぎから三日後のことだった。
その間、様々な事柄を気にしていたウシツノだったが、外に出てから最初に向かう場所はすでに決めていた。
愛刀は無事に返却され、腰に佩くことで急激に心も落ち着いていく。
この太刀さえあれば不安なことなど何ひとつない。
そう思い日々を過ごしているからだ。
「さて、あ、ちょっと!」
ウシツノは通りかかった闘技場の従業員らしき清掃員に声を掛ける。
場所を訪ねたかったのだ。
「魔物使いにはどこへ行けば会える?」
気にしていたことはいくつもあった。
チャンピオンに負けたヤソルトのことも気になったし、ダーナの具合も気になった。
インバブラが何を考えているのかも気になったし、今後の身の振り方も気になりだした。
瞑想と筋トレだけでは時間を消化しきれず、離れ離れになったバンのことや藍姫、妖精女王、それと依頼を受けた漁村の若者の無事も気になった。
「魔物使いなら……」
清掃員の爺さんは丁寧に道順を教えてくれた。
ウシツノが最近話題の剣闘士だと知り、しかも好意も示してくれたからだ。
軽く握手だけしてウシツノは闘技場の更なる地下道へと向かった。
最も気になったのはダーナの試合で不穏な動きを見せていた女剣闘士、木乃伊蜂のネダと共にいた魔物使いの少女だった。
まだ少女と言える年頃に見えた。
インバブラが言うにはその少女の名はリオというらしい。
ウシツノが切り捨てた怪物ローパーの死骸に寄り添い泣いていたようだった。
なぜかひどく気になったのだ。
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爺さんに教えられた場所はいくつもの檻や柵で囲われた広場が点在する、なんとも獣臭い匂いのする所だった。
目的の人物はすぐに見つかった。
入り口から見える位置にある、木の囲いに覆われた小さめの広場で小さな鳥たちにエサを撒いていた。
肩で切りそろえた赤茶色の髪が顔を隠しているため表情は見えないが、なにやら口ずさみながらエサを撒くことで鳥たちが足元に集まっていた。
「や、やあ」
何と言って声を掛ければいいのか見当がつかず、ウシツノは少し上擦った声で簡素な挨拶を繰り出した。
しかし少女のリアクションは大きなものとなった。
ビク、と肩を震わせたかと思うと、こちらを向きつつ手にしたエサ桶を落として中身をぶちまけてしまったのだ。
足元の鳥たちが一斉にエサへと殺到する。
「あ、あ、どうしよう! だめ、だめだよ、アケイライさんたち」
「わぁ、ごめん」
ウシツノも自分の挨拶が惨事を招いたので慌ててエサをかき集める手伝いをした。
そのウシツノの手を鳥たちがついばむ。
「痛いッ。この鳥たち、結構力強い」
群がる鳥たちは少し不思議な形状をしていた。
足が四本あるのである。
身体は半分以上が頭部で、柔らかい羽毛と暖色系の様々な色をした種がいる。
くちばしと爪は金属のように硬く光っていた。
「この子たちはアケイライの雛です。飛べない鳥ですが四メートル以上に成長すると人間でも食べてしまうぐらい強いんです」
リオがそう教えてくれる。
「アケイライ? こんな鳥は初めて見たよ」
「地獄のアケロン川流域にのみ生息するレア種なので」
「へえ。そんな珍しいのがここにはいるのか」
「はい。他にも岩も溶かすほど高熱の肉体を持つ大ミミズのソックアとか、不浄の術技で変異した化物植物テンドリキュロス、狂人の悪夢から生まれた異形のジバリング・マウザー、凶暴で野蛮なグレイ・レンダーに、徘徊するキノコのファントム・ファンガス。それからえーと……」
「わかった、わかったよ。もう」
いつまでも途切れることがなさそうで、たまらずウシツノはリオの口上を押しとどめた。
モンスターの話をするリオの顔はなにやら楽しげではあったが、ウシツノが制止するとふいに悲し気な表情がよぎる。
「あと、ローパーも……」
「あ……」
それは先日ウシツノがダーナを助けるために倒したモンスターのことだ。
「その、すまない。ダーナを助けようとして、つい」
リオの表情は悲しげではあるが、ウシツノを非難している顔ではないようだった。
「いえ、仕方ないです。だってここ、闘技場ですもの」
ここでのモンスターは剣闘士と戦うために用意されている。
リオもそのためにここにいるのだから、こういうことは常に起こるのだろう。
「あのさ、でもこないだのは、命のやり取りにはならないって、聞いてたんだが」
「ごめんなさい。断り切れなくて」
「え?」
「ローパーにわたし、規定量を超える興奮剤と、それに前日からエサの量を減らしていたの」
「どうして?」
リオは少しだけ躊躇した目で周囲をキョロキョロする。
この場にはウシツノ以外いない。
「その、ネダさんに」
「ネダ?」
リオはコクンと頷く。
「アクシデントとしてダーナさんを始末できるように、細工しろって、脅されて」




