572 cleaning up 【後始末】
ウシツノは大きく跳躍して闘技場内に飛び込んだ。
高い高い天井近くから愛刀自来也を抜刀しつつ、ダーナを飲み込まんとする異形の怪物ローパーの直上から斬りかかる。
「ガマ流刀殺法! 質実剛剣ッ」
カエル族特有の跳躍力を活かした高所からの唐竹割は、怪物の大きなひとつ目の真上を叩き切り、緑色の血液をほとばしらせた。
不意打ちに激情したのか、痛みに耐えかねたのか、ローパーは大絶叫し、同時にダーナの身体も吐き出した。
意識を朦朧とさせながら横たわるダーナは、半開きになった口で息を吐き、かすむ目で自分を助けた乱入者の背中を見た。
そしてその者の持つ刀を。
「自来也……」
小さな声でつぶやいた。
会場は突然の乱入者によって熱狂の渦が再燃していた。
現れたのはここではまだ新人であるカエルの剣聖だった。
今のところ四戦四勝。
戦績は申し分ない。
無駄に相手を死に至らしめない勝ち方に物足りなさを感じる者もいたが、その盤石な勝ちぶりに賭けの対象としてはおおむね好意的にとらえられていた。
手傷を負い、獲物を奪われたローパーが怒りの眼差しでウシツノを睨むと、六本の縄状肢を高速で振り回し始めた。
「……誰も試合を止めに来ないな…………」
ウシツノは主催者、小鬼族のピースウイングがゴーサインを出したのだと解釈した。
もともとこの試合は特別試合であり、賭けの対象でもない。
おそらくダーナが苦戦する様を楽しむだけの余興だったのが、思いがけずタガが外されてしまったため、ウシツノの乱入も丁度よい幕引きとでも考えているに違いない。
後始末を押し付けられた格好となるが、こうなっては致し方ない。
さりげなく倒れているダーナと反対側に移動し、ローパーの気をこちらに向ける。
「あの縄状肢は確かに厄介だが」
幾本かの縄状肢がウシツノに向かい飛んできたが、そのすべてを見切り躱しきる。
「桃姫の龍騎に比べれば遅い」
気を付けるとすれば粘着性の高い液体を滴らせていることで、切り結ぼうとしなければいいだけのこと。
続く攻撃も次々と躱しながら次第に距離を詰めていく。
すると業を煮やしたローパーの結晶でできた歯による噛みつき攻撃に、ウシツノは思わず刀で応戦してしまった。
縄状肢を避けることに神経を使うあまり、咄嗟の噛みつきについ刀を持つ手が動いてしまったのだ。
「今日の反省点その二だな」
ちなみにその一は最初の一撃で相手を戦闘不能にしなかった、己の甘さをすでに反省していたのだった。
ウシツノの三倍以上の体格を持ち、二倍以上の大きさを持つ怪物の口の歯である。
噛みつかれれば身体のどこであろうと引き千切られる。
だがウシツノの愛刀自来也は、ただの刀ではない。
通常の三倍の厚さを誇る大太刀である。
ガギッ! と軋む音を交わすと続けてバキッ! と砕ける低音が響いた。
「グオオオォォォォォォ」
ローパーが苦悶の叫び声をあげる。
砕けたのは怪物の歯の方だった。
この一瞬を見逃すウシツノではない。
さきほど己の甘さを反省したばかりなのだ。
「ガマ流刀殺法! 剣坤一滴ッ」
大地を蹴って伸び行く鋭い突き攻撃がローパーの口内を突き破る。
自来也は緑色した血を刀身にへばりつかせながら、怪物の後頭部から大きく突き出されていた。
「ガ、ガガ……グゥグ…………」
すべての縄状肢が地面にへたり込み、大きなひとつ目からは光が失せていった。
異形の怪物をまったく寄せ付けないウシツノの勝利に会場は怒涛の歓声を上げ、今さらになって取り繕うように裏から現れた警備兵たちに囲まれるようにウシツノは退場した。
ちらりとダーナを見ると、彼女も変わらず救護人に担がれて反対の退場口へと消えていった。
それからさらに、ネダと一緒にいたリオという名の魔物使いが、倒れたローパーの死骸に寄り添っているのが目に入った。
確信は持てなかったが、彼女は声を出せずに泣いていたようだった。




