571 Roper 【ローパー】
「クッ、はぁッ」
全身を魔物の触手めいた縄状肢に縛られたダーナは、必死に脱出を試みようとするが、藻掻けば藻掻くほどに縛める力は強まった。
「や」
しかも露出の多いピンクの飾りものの鎧が覆っていない素肌の部分により絡みついていた。
縄状肢はそのものが粘着性の液体を滴らせ、ねばつく感触と、より一層の硬直感を味あわせてくれた。
なんとか動いた右腕を振り上げて、ダーナの小太刀が縄状肢に斬りつけるも、裂くどころか粘着液に固着されて小太刀を取り上げられてしまった。
ダーナはローパーに捕らわれたまま頭上高く持ち上げられる。
観客により一層見てもらえるようにと、この魔物がお膳立てしているかのようだ。
「レア度の高いモンスターだからな、ローパーってのは。こういう場面のためにしっかりと調教してあるらしいぜ」
「闘技場がか?」
「お抱えの魔物使いたちさ」
「そんな奴らもいるのか」
「気をつけろよ、ウシツノ。お前もお友達も彼らのペットをやっちまってんだ。恨まれてるぜ。ゲココ」
面白そうにインバブラは笑った。
「ほれ、見ろ。ああやって客を楽しませてるのさ。あの怪物はな」
持ち上げられたダーナの身に着けていた鎧が音を立てて割れた。
割れたのは右の肩当と左腕の手甲だ。
「なんてやわな鎧だよ」
「防御力なんてないさ。衣装だからな」
ダーナを縛めたローパーの縄状肢が妖しく蠕動する。
その動きにダーナは息が詰まりそうになった。
「お、おい。本当に命の危険はないんだろうな? それにしたって悪趣味すぎるぞ」
「……」
ウシツノの非難にインバブラは考え込むように試合を見つめていた。
やがて成す術もないままに、振り回されたダーナは、大口を開けたローパーの、その口内へと頭から呑み込まれた。
客席からも悲鳴が上がる。
それは興奮や歓喜から来るものばかりではなかった。
頭から丸呑みにされ、腰から下だけを外に出してばたばたと藻掻いているダーナに、ようやくインバブラも異変を感じ始めていた。
「いや、あれ? おっかしいなあ」
「なにぃ?」
「こんな予定はなかったはずだ。なにより魔物のよだれまみれにされたんじゃあダーナの価値が下がりそうじゃないか」
「お前なあ! そんな場合じゃないだろ。あの娘が危険なんだな?」
「あ、ああ、ああ! そうだよ、揺すんな」
インバブラの肩を掴んで揺すっていたウシツノが会場に飛び出そうとする。
「おい待てウシツノ! どこ行く気だ」
「決まってるだろ! あの娘を助けるんだ」
「よせ! 闘技場が決めたことかもしれねえんだぞッ! 下手なことして目ぇ付けられてみろ! ただじゃおかんぞ」
「知るかよそんなこと」
二人が押し問答をしてる傍で笑い声が聞こえた気がした。
そちらへ目を移すと見覚えのある者がダーナの試合を愉快そうに笑っていた。
「あいつは確か、ネダとかいう」
「いや、それよりもネダと一緒にいる奴」
インバブラが注意を向けたのはネダのそばにうずくまるもうひとりの人物だった。
気弱そうな女性で、ウシツノにはニンゲンの年齢は見た目で判断するのは難しかったが、それなりに年若い感じがした。
「あの女がどうかしたのか?」
「あれはリオって名で、この闘技場の魔物使いのひとりだ」
「それで?」
「察しが悪りぃなあ! ネダの奴、あのリオを使ってローパーに細工したに違いねえ」
会場から悲鳴が上がり始めた。
さっきまで足を動かして藻掻いていたはずのダーナの動きが止まってしまったのだ。
「ネダはダーナの人気を妬んでいやがったからな。チクショオ! せっかくのオレ様の金づるを」
「お前なあ!」
インバブラはウシツノを睨みつけると勢いよく大地に両手をついた。
「頼む! ウシツノ! ダーナを助けてくれ! オレの大事な商売道具なんだ」
土下座しながら言う事かと思ったが、ウシツノもダーナを助けたいと思っていたのだ。
躊躇せず自来也を抜くとローパーとダーナの居る闘技場へと乱入した。
2025年6月9日 挿絵を挿入しました。




