568 kengeki 【剣戟】
長剣メルパッターベモーを腰だめに、全力で駆けたヤソルトは、渾身の突きを豹頭族の戦士アナトリアに繰り出した。
スピード、気迫、申し分なし。
二メートルを超す、度を超えた長剣から繰り出される刺突は相手の間合い、目測を誤らせる。
ましてヤソルトの脚力は野を掛けるジャッカルのごときなり。
その突きをアナトリアは半身をずらすことで躱すと、右手の広刃の剣をヤソルトの頭部に向かい振り払った。
こちらも剛腕が風をブッた斬る勢いである。
ヤソルトは上体をのけ反らせてその剣を躱す。
置いてきぼりをくった汗の玉だけが切り払われた。
追撃に備えてすぐに離脱し距離を開ける。
アナトリアは深追いせず、その場でもう一度剣を構えなおしていた。
ヤソルトも息をつくともう一度腰だめに長剣を構える。
最初の攻防で客席はヒートアップしているが、当の二人は落ち着いていた。
どちらも一言も発さない。
相手の表情を確かめ、動くきっかけを探り合う。
メルパッターベモーは刺突特化の長剣だ。
本来は横一列に並んだ兵士が一斉に突撃して槍のように扱う。
一対一の戦いでは先手必勝が肝心で、長引けば不利になる。
戦法を変え横に切り払っても躱されれば一瞬にして懐に潜り込まれてしまう。
それでもヤソルトはこの長剣を手放しはしなかった。
むしろ一撃必殺の刺突に磨きをかけ続けた。
「ハッ!」
この試合で初めて発された言葉は短い気合の声だった。
再びヤソルトが突進する。
先ほどのように鋭い刺突を繰り出すためだ。
待ち構えるアナトリアは同じ手だなどと甘く見ない。
駆ける速度、重量のかかり具合、そして気迫。
初手よりもさらに危険な一撃と見て取った。
「ムンッ」
広刃の剣を両手に持って青眼に構える。
正面から刃を交わすつもりだ。
刺突と上段斬りが交差する。
刃と刃がこすれ火花が散る。
右へ流されたメルパッターベモーはアナトリアの頬を裂き、同じく右へ流された広刃の剣はヤソルトの左肩に食い込むかと思われた。
しかしそこで驚異的な瞬発力を発揮し、ヤソルトは半身にひねってアナトリアの剣を躱した。
が、地面に着く直前にアナトリアの剣は垂直に跳ね上がり、躱したヤソルトを追うように軌道を変えた。
かかとの裏と剣の柄で必死にアナトリアの斬撃を防ぐ。
振り切ったアナトリアは再び上段に構えた剣を暴風の如く振り下ろす。
無様と言えどもヤソルトは地面を転がって後方へと大きく飛びのいた。
長剣の先は地面に着いて引きずっている。
その刃をアナトリアは踏みしだき、長剣の動きを封じるとなおも上段から剣を振り下ろした。
革鎧の腕では防ごうとしても腕ごと切り飛ばされる。
長剣の柄から手を放し、さらに後方へと飛びのいた。
次の一手を考えねば。
しかしアナトリアはその暇すら与えてはくれなかった。
一足で間を詰めるとまたしても必殺の一撃を振り下ろす。
今度は腕を交差させて相手の刃ではなく懐近くの柄頭を当てることで防御した。
柄を握るアナトリアの拳がヤソルトの頭頂部を叩くが歯を喰いしばり耐える。
そのかわり刃がヤソルトには届かずに済んだ。
だがそこで一息つく暇はない。
飛び掛かりつつ相手を倒して馬乗りになろうとする。
力を込めて突進した。
だがアナトリアはびくともしなかった。
大地に両足を根差し、ヤソルトのタックルを大樹の如く受け止めた。
眼を見開き驚愕するヤソルトの頭部をアナトリアの剣の柄頭が殴打する。
たまらず地面に膝をついてしまう。
さらにうつむいた顔を蹴り上げられ大の字に倒れ込む。
「危ないヤソルトッ」
ウシツノの声は割れんばかりの大声援にかき消された。
倒れたヤソルトの顔の上に仁王立ちしたアナトリアが剣を振り下ろす。
豪風が地面の白い砂を吹き飛ばす。
広刃の剣の鍔元から剣先までが一直線、ヤソルトの頭頂部からへその辺りまでを両断する直前で止められていた。
「……まいった」
そう言わぬなら容赦なく断つ。
見下ろす豹頭族の物言わぬ目は、だが雄弁にそう語っていた。
たっぷりと五つを数える間を置いて、アナトリアは剣を戻し、勝者の喝采を浴びた。
また少なからずヤソルトにとどめが刺されなかったことへの不満が歓声に紛れていた。




