565 manager 【マネージャー】
それからのウシツノは破竹の三連勝を飾った。
最初の相手はデビュー戦の四日後だった。
顔中に入れ墨を入れた密林の戦士らしく、鞭のようにしなる細身で褐色の肌を露出した戦士だった。
細く長い木の槍を使い攻撃してきたが、ガマ流刀殺法、質実剛剣で右肩を粉砕してやった。
峰打ちなので死にはしないが、もしかしたら二度と右腕は上がらないかもしれない。
二戦目はその二日後だった。
二本の手斧を器用に操り、あらゆる視覚から攻撃を仕掛けてきた。
さらに手斧は投擲にも使われ、うまくかわしても自身の手元に戻っていくのでとてもきりがなかった。
業を煮やしたウシツノは投げられた手斧を刀で打ち返し、それが相手の股間にヒットして悶絶したところを殴って気絶させ勝利した。
勝利後は歓声よりも笑い声の方が大きかった。
三戦目は昨日の夜だった。
前二試合とは趣向を変え、五匹の豚鬼族が相手だった。
すべて剣や槍で武装していたが、冷静に一匹ずつ仕留めていった。
この戦いもすべて峰打ちで勝利した。
「ダーナが大男を締め落したのを見て、殺さなくてもいいと思ったんだ」
闘技場としてもすべての戦士を一回こっきりの使い捨てにしていては駒が足らなくなる。
それに何度も対戦することで因縁が生まれた方が物語性も加味されて、より盛り上がる。
しかしヤソルトはそうしなかった。
彼もすでに二戦二勝を挙げていたが、対戦相手となった男の命をどちらもキッチリ奪っていた。
妖精女王に逆らい、自身の王国民を死地に追いやった暗君としての悪評が彼にはついている。
そのため毎試合、彼には罵詈雑言が浴びせられるのだが、凄惨な勝利を手にすることでその声を黙らせていた。
「こいつらは稼げそうダ」
闘技場経営を任されている小鬼族のピースウイングは、二人の勝利を別の意味で面白がっていた。
そのためか、二人の試合日程は他の剣闘士よりも早いサイクルで回ることになっていった。
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そんなある日、ウシツノはひとりで闘技場に隣接した街区へと繰り出していた。
もともと闘技場は鉱山の坑道跡地に建設されたもの。
そして鉱山労働者の住んでいた場所も都市として発展していった。
珍しい点として、この鉱山都市コランダムは山の中にある。
地底都市なのだ。
複雑な通路が折り重なり、何層にも分かれた高低差のある街。
鏡の反射で日光を取り入れてはいるが、それよりも多くの街灯が街の中を照らしていた。
それは昼も夜も変わらない。
そのためこの都市を眠らない街〈不夜城〉と呼ぶ者も多い。
ウシツノはそんなコランダムで一番大きな武具店にやって来た。
広さは百メートル×六十メートルほどだろうか。
坪数で言えば二千坪程度。
かなりの売り場面積である。
そこに多くの武器、防具の類が陳列されている。
客入りも多く、中には物騒な雰囲気を持つ者もいる。
「すごいや。チチカカが見たら悶絶するだろうな」
感嘆のため息を漏らしながら棚という棚を見て回る。
残念ながらカエル族に合う鎧の類はあまりなかったが、それでも種々の武具を鑑賞するだけウシツノの心は癒されていた。
「あら? ウシツノ様ではありませんか」
「あ、ダーナ」
予想外の出会いだった。
まさかこんなところで会うなんて。
「わたくしの名はダナナなんですけど、まあいいですわ」
剣の舞姫ダーナで通っているので、ウシツノももう彼女の名前を正確に言わなくなってしまっていた。
「お買い物ですの?」
「いや、まあ、ね」
あまり金を持っていないので今日はひやかすだけのつもりだった。
「ダーナは何をしてるんだ? その、なんていうか、派手な鎧だね」
ウシツノが指摘したのはダーナの着ている鎧のことだった。
女性用に作られた薄桃色の鉄鎧で、胸当てと肩当てと手甲部分はしっかりとしているが、腰回りは大胆に露出していて防具の体を為していない。
下に着用した白いハイレグスーツが剥き出しである。
「今度の試合で着用する鎧を試着しておりました」
「そ、それを着て戦うのか?」
控えめに言って実践向きではないと思った。
何の意味があるのだろう。
「これはスポンサーのお願いだそうです。わたくしがこれを着て戦うとこの鎧もまた売れるだろうと」
「はあ? なんだそれ? 本気で言ってるのか?」
「わたくしにはよくわかりませんが、マネージャーがそう言いますので」
「マネージャー?」
ウシツノには理解できない話が次々出てくる。
「おい、ダーナ! なにしてるんだ? どこにいる?」
「あ、マネージャー。こっちです。知り合いとお話をしていました」
「おいおい、仕事中に駄目じゃないか。一体誰と……んあ?」
「あ? あ、ああっ!」
奥から姿を見せた、ダーナがマネージャーと呼ぶ者を見てウシツノは驚いた。
それは相手も同様だったかもしれない
ウシツノはその者を知っていたのだ。
わずかにだが懐かしくも思う。
「インバブラじゃないか」
彼はカエル族きっての嫌われ者だった。
2025年6月9日 挿絵を挿入しました。




