561 sword dancer 【剣の舞姫】
ウシツノにあてがわれた部屋、食堂、練武場、その他共用スペース。
そういったものは全て闘技場の地下にあった。
ちなみに闘技場の上層階は宿泊施設になっており、その他に各種の娯楽施設も用意されているのだとか。
「行く機会はなさそうだな」
狭くはないが広くもなく、清潔とは言えないが発狂するほど不潔という訳でもない、二人部屋で一息ついて、ウシツノは誰にともなくつぶやいた。
と言っても、その場には同居人となるヤソルトしかいないのだが。
案の定、彼は返事をせず、鎧を脱いで魔獣に噛まれた右肩を消毒していた。
骨に異常はなく、傷も浅そうなのでしばらくすれば治るだろう。
ウシツノもサイクロプスとオーガーに頭部をだいぶ殴られたのだが、今はピンピンしている。
おそらくシオリの加護が今も効いているのだろうとウシツノは思っている。
「まあなんにしても、腹が減ったな」
昨日から何も食べていなかった。
口にしたのは毒入りの葡萄酒だけだ。
よりによってカエル族の故郷であるカザロ産の葡萄酒に毒を入れるなんて。
毒を盛られた事よりその方が腹立たしかった。
二人連れ立って食堂を訪れる。
四人掛け程度の机と椅子がいくつも雑然と置かれ、カウンターには数人の料理人が忙しくしている。
調理担当は犬狼族の中年で、配膳係は猫耳族や兎耳族、ニンゲンの女が多い。
年齢は若いのもいるがそうでない者も多い。
カウンターで適当な食事を頼むとしばらくしてネコマタの女が盆に乗った料理を二人分持ってきた。
「はいにゃ、新人さん。口に合わなくても文句は受付にゃいよ。それと酒は有料だよ。もっとも夜しか出さないけどね」
と、ウシツノにパチッとウインクをして戻っていった。
「なるほど。戦いが好きな者にはここは居心地がいいのかもしれないな」
「本気か?」
「オレは違うさ」
ヤソルトは疑わしそうな目でウシツノを見やる。
戦闘狂かなにかだとでも思っているのか。
ウシツノは話題を変えようと周囲を見渡した。
二人の他にも剣闘士らしきものたちが数組、同じように食事にありついている。
「ん?」
その中でひとりだけ、誰ともつるまずに隅の席で静かに食事する者が気になった。
「女か」
ヤソルトも気付いたようだ。
下卑た笑い声ばかりが聞こえる厳めしい食堂には似合わない、凛とした佇まいの女がいた。
「ニンゲンのようだ。それに若い」
ウシツノの言うように、その女はまだ二十歳そこそこと言ったところか。
それほど背が高いとは言えないが、髪は長い。
つややかな黒髪を頭部でひとつに束ね、背中に流しているが、座っている椅子の足元まで届こうかというほどに長い。
前髪は眉毛の上で切りそろえられ、少し切れ長の目を伏せがちに食事を摂っている。
着ているものは簡素な布の貫頭衣で、スラリと伸びた白い腕と脚を見せている。
しかししっかりと武器だけは携帯している。
両腰にそれぞれ小剣サイズの鞘が吊ってあった。
「てことはあの女も剣闘士……あ、ちょっと」
通りかかった配膳係のネコマタを呼び止める。
「あの女は誰なんだ?」
「ん? あぁ、彼女は剣の舞姫ダーナ。今人気ナンバーワンの剣闘士にゃ」
「へぇぇ、強いのか?」
「強いし、美人だしね」
それだけ言ってネコマタはいなくなった。
代わりにその人気ナンバーワン剣闘士自らがこちらを見て話しかけてきた。
「あのネコマタは間違えています」
「え?」
話しかけられたのも意外だったが、その声、話し方が丁寧で気品があったことにも驚いた。
「わたくしの名はダーナではなくダナナです」
「ダナナ?」
「ですがダーナの方が通りが良いようで、誰もがわたくしをダーナと呼ぶのです。この地方の者たちにはわたくしの名は発音しにくいようで」
「はあ」
ということは、この女はこの辺の出身ではないという事か。
「その名、雰囲気、東方のホウライ国あたりの出ではないか?」
ヤソルトの発言にダーナはうなづく。
「そうです。よくわかりましたね」
「ホウライ? それって……」
ウシツノは自身の愛刀を見て気が付いた。
「そういえばシバもホウライから来たって言ってたな」
「いま、なんと?」
何気ないウシツノの発言にダーナは席を立って近付いてきた。
「今、シバ、と」
「ああ、言った。数ヶ月前に知り会ったんだ。他にトゥカイとハヌマンもだ」
「誰なんだ?」
ヤソルトが尋ねるので武者修行中の刀鍛冶だと教えてやった。
「シバは、シバと連絡は取れるのですか?」
「……いや、その必要があれば自然とまた巡り合うだろう、て言って……」
今現在どこにいるのかはわからない、と付け加えた。
「そう……ですか」
どういうことなのか、ウシツノがダーナに尋ねようとしたとき、こちらに近づいてくる者たちがいた。




