556 triangle 【三角形】
「ティターニアがどこで生まれ、どこからこの地へ来たのかは知らない。おそらく誰も知らないだろう」
ヤソルトの声には妖精女王に対する怒りと同時に畏怖の響きもあった。
「いつの頃からか現れたティターニアは、しばらくしてこの不毛の魔境アーカムで一大勢力を築き上げていたんだ」
最初は放浪する無法者で作った小集団に過ぎなかった。
しかしその集団は道理を持たず、力でのみすべてを支配した。
やがて勢力は拡大し、何年か後、ティターニアは自らを妖精女王と名乗り、アーカムの地を掌握したのだ。
そうしてからも領土の拡大は続いた。
周辺に存在した国や村落は次第に併合されていき、武力で敵わないと悟った者は和平という名の従属に甘んじた。
「奴らの強さの秘密は戦闘怪人という異様な戦闘集団にあった。結論から言えば人間とさまざまな動物や昆虫を掛け合わせた恐ろしい人体改造手術の賜物であったのだが……」
その技術を先頭きって担ったのがホルゥという年老いた生物学者だった。
彼は学術都市アイーオにおける最高学府〈賢者の学院〉を首席で卒業した天才であり、今も妖精女王のアーカム支配を影で支えている。
その支配の手がマハラディア王国にまで伸びたとき、ヤソルトは王として最後まで反抗を貫く所存だった。
「戦闘怪人などという存在は、自然と生命に対する冒涜だ。オレたちには到底容認できない。だが、ベリンゲイはその力に、そしてカルスダは、ホルゥの説く技術に神秘性を見出し、敵方に取り込まれてしまった。もともと才女であったが、まさか伝統を軽んじ、あまつさえ王国の民を売り渡してまで寝返るとは……じきにオレたちは結婚する予定だったが、彼女はそれほどオレに魅力に感じていなかったのだろうよ」
ヤソルトの声は暗く重かった。
続けて、マハラディアはあっけなく陥落し、国民は虐殺され、それを免れた人々も連れ去られ方々に散ってしまった。
自分はおめおめと生き残り、十数年たった今もこうして生き恥を晒している。
「国を再建したところで犠牲になった人々が帰るわけではない。ならばできることは復讐のみ。オレはたったひとりのマハラディア人として国を売ったあいつらと、そして妖精女王に一矢報いる覚悟だ」
それきり黙り込んだ。
護送車は変わらず細かい振動を伝えながら、月明りの照らす荒野を進んでいる。
ウシツノはかける言葉を持たなかった。
話を聞いてもマハラディア王国のことはよくわからないままだったし、この地は馴染みのない遠い異国にすぎない。
それでも境遇は理解できる。
ウシツノ自身、トカゲ族によって住んでいたカザロ村と、多くの同胞を失っている。
仇を取る、その一念に心が占められていたのも事実だ。
だが自分にはアマンやアカメがいた。
シオリという護るべきニンゲンの娘とも出会った。
たったひとり残されたヤソルトよりも恵まれていたかもしれない。
信じていた者に裏切られた顛末がさらに彼を追い込んだかもしれない。
ウシツノはかける言葉を持たなかった。
夜通し走った護送車が目的地に着いたのは、太陽が地平線から顔を完全に出し切ってからのことだった。
足枷の重たい鉄球を両手で抱え込み、ウシツノとヤソルトは外にまろび出た。
乾いた風が足元を吹き抜けていく。
「デカイ……なんだ、これは?」
ウシツノの眼前には巨大な、山のように高くそびえた石造りの三角形が屹立していた。
その頂点の高さはハイランドの王城ノーサンブリアを彷彿とさせる。
十本の塔が合わさり一本の太い白亜の塔のような、あの王城に匹敵する。
背後に険しい岩山が連なるが、この三角形はそれより空に近いほど伸びている。
表面に模様もなければ出っ張りもない、薄汚れてすらいない、白いなめらかな壁面だ。
「入れ」
取り巻く兵士に小突かれ二人は小さく開いた入り口らしき空洞から中へと踏み込んだ。
暗い小道を進むとすぐに雑多な部屋へとつながる。
ガヤガヤと騒々しくもあり、至る所に武具が散逸している。
そして大きめのカウンターを隔てて小柄な魔物が口を開いた。
「よく来た。ここが今日からお前たちの仕事場。強い者だけが生き残れる戦いの舞台、闘技場だ」




