554 moonlight 【月明かり】
天井近くに開いた小さな窓から煌々と輝く月が見える。
今夜は細い下弦の月で、空気が澄んでいるのか、夜の闇を突き刺すように白い光がウシツノの目にもよく見えた。
月に手を伸ばせば届きそうにも思えるが、その小さな窓には鉄格子がはまっている。
それにウシツノに嵌められた足枷には、その窓よりもずっと大きな鉄球のおもりが繋がっている。
この牢獄に入る時に嵌められたのだ。
ほかに拘束されてはいないが、この御大層な鉄枷は十分にこちらの自由を奪い、当然ながら武器の類も没収されていた。
「なあ……」
「……」
壁にもたれて座るウシツノは、隣に座る同じ境遇の男に声を掛けた。
「オレたち、どこに連れていかれるんだ?」
「……さあな」
ぶっきらぼうな返答だった。
答えたくないのか、答えを知らないのか。
ウシツノとヤソルトの居る牢獄はずいぶんと揺れていた。
先ほどの窓から見える月も実は見えたり見えなかったりとした。
座った尻の下から突き上げるような振動が断続的にこみあげてくる。
この牢獄は動いていた。
護送車なのである。
周囲を鉄板で固めた鉄の塊であり、ビッグバイソンだからこそ曳くことができる。
だが速度は馬で駆ける半分も出ていなかった。
「オレはアーカム大魔境は初めてなんだ。お前はこの土地の出じゃないのか?」
ウシツノの問いにヤソルトは鼻を鳴らした。
「オレの故郷はここよりもう少し東へ行った山岳地帯にあった。マハラディア王国。もうないがな……」
ヤソルトは自身の身の上話を語って聞かせた。
ウシツノは意外に思ったが、この寡黙な男にも何か心情の変化があったのだろう。
それがまさにウシツノの剣技に瞠目したためであったのだが、ウシツノ本人はその気配を感じ取れずにいた。
「オレは最後の王だった。マハラディアは貧しく小さな国ではあったが、人々は清貧で、自然への崇拝を第一義とする伝統を保っていた」
年老いた父王が隠棲し、ヤソルトは若くして王位を継いだ。
厳しい山間にあったマハラディアでは、王は誰よりも壮健であることが求められた。
山岳を駆け回って獣を狩り、外からの脅威には先頭に立って進軍する戦士であることを求められた。
ウシツノはケンタウロス族のことを思い浮かべた。
ケンタウロスの若き棟梁となったベルジャンもまた、父ペルシュロンの後を継ぎ族長となった。
(それでか。なんだかこの男も嫌いにはなれないんだよな)
そう思いながらウシツノはヤソルトの話に耳を傾けた。
「オレは自然のままに、つつましく平和に暮らすマハラディアが嫌いではなかった。だがそうは思わない者も中にはいた。オレの剣の師であり、戦士隊の長であったベリンゲイと……」
ヤソルトの顔が苦渋に満ちた。
ウシツノが彼の横顔を盗み見るとようやっとで絞り出すように彼は言葉を紡いだ。
「ベリンゲイと……大臣の娘でオレの許嫁であった、カルスダだ」
「あの三人いたなかの女か?」
ヤソルトは、ああ、と小さく肯定した。
「功名心に焦がれていたベリンゲイはともかく、オレはカルスダが、まさかあいつが」
ヤソルトの顔からは次第に表情というものが消えていき、併せて声も小さくなっていた。
「あいつが、アーカムの戦闘怪人に魅せられて、我が王国を妖精女王に売ったなどと」
声は消え入りそうなほどに低くなった。
「信じられなかったんだ」




