552 Titania 【妖精女王】
ウシツノの目の前に立つのはこの無法の地、アーカム大魔境を支配する妖精女王ティターニアだ。
豪奢なドレスに奇抜な髪形、ニンゲンの美的感覚に照らせばおそらく美人の部類であろう。
だが女王はニンゲンではない。
背中に大きく派手な蝶の羽がある。
青に緑、黄色に黒で複雑な模様を為している。
とらえどころのない微笑を浮かべ、供もつれずにひとりでウシツノの前に立っていた。
女王が笑い出した。
ウシツノは対応に困惑している。
どう取り繕えばいいのか。
「ありのままでよろしい」
「ッ!」
こちらを見透かしたようなセリフにウシツノの身体が強張る。
咄嗟に指先が刀の柄にかかってしまった。
「そうそう。剣にモノを言わせるのが得意なのであろう、剣聖どの?」
「ッッッ」
今度こそウシツノは息をのんだ。
自分の正体が知られている。
「そなたが改造手術を受けたインスマスではないことは承知しておる。そのうえでどう動くのか、泳がせてみようと思うたのだが、まさかたった数刻の間にこれほど派手に仕掛けてくれるとはの」
今も上空で激しい戦いの音が聞こえてくる。
巨大化したバンと藍姫が周囲を巻き込みながら死闘を演じているのだ。
「さて問おうか。ハイランドが何を目論んでそなたを送り込んだのか?」
「ハ、ハイランドだって?」
「剣聖の称号は北の大国ハイランドのお墨付き。そのハイランドを今、事実上、牛耳っているのはそなたと同じカエル族の者であろう? たしかそなたとは昔なじみの間柄であったとか」
アカメのことを言っている。
ウシツノはアーカムへ来たのは初めてだ。
世間一般の風評ぐらいは知っているが、この地についてさほどに詳しいわけはない。
だのに妖精女王は自分たちのことを調べている。
ほんの一年ほど前まで西の辺境で世界とは無縁に暮らしていた自分たちのことを。
「我らの情報網を侮るでないぞ。化物が跋扈する未開の地と見ていたであろう?」
徐々にウシツノの頭は働かなくなってきた。
女王の問いにどう接するべきか。
さっき女王はハイランドと言った。
「もう一度問う。剣聖がここへ潜入した目的はなにか? 返答次第でアーカムとハイランドの衝突は避けられぬものと思いなされよ」
「ハイランドは関係ない! オレはオレ個人の武者修行で旅をしているだけで……」
「剣の修業でどうしてここの兵に成りすます必要がある?」
「……だ、だからそれは……その…………」
戦闘怪人になろうとした漁村の青年を連れ戻しに来た。
などと本音を言えば女王は納得するものだろうか。
とてもそうは思えない。
道徳や博愛を説いて理解し合える場所ではないことぐらい先刻承知している。
「ふふふふ。なんにせよ」
女王の含み笑いにうすら寒さを覚える。
「そなたら三人を大人しく帰すなど考えられないこと。新しき剣聖に、どういうわけか現存している先代姫神」
女王が藍姫と戦うバンを見上げて笑う。
そして今度は目線を階下へと移す。
「そしてあれは、象に踏みつぶされし蟻どもの亡霊」
「亡霊?」
女王の目線の先にはベリンゲイ指令と戦う長剣の男がいた。
「山間でしなびた生活を送っておった、今は滅びし、小国の亡霊ぞ。だが駒としては愉快」
「駒? いったい何を言っている」
女王がウシツノに目線を戻す。
「そしてそなたは最大の見世物になる」
とうとうウシツノは剣を構えた。
相手が世界有数の権力者であろうがウシツノには関係ない。
ウシツノの根っこの価値は〈強さ〉である。
策略や悪知恵に翻弄されるつもりはなかった。
「悪いがオレはここを出ていくぞ」
「そうはさせぬ。是非ともそなたらには、わらわの遊びに付き合ってもらわねば」
妖精女王が両手を広げた瞬間、ウシツノの背中がゾクッとした。
剣で立ち会った時とは違う、もっと異質な何かを肌で感じ始めていた。




