545 taciturnity 【無口】
「赤13-8242海!」
ベリンゲイ司令官の声が飛ぶ。
「赤13-8242海ッ」
同じ内容の声が再度飛ぶ。
隣にいた兵がウシツノの肩をちょんちょんと突く。
「赤13-8242海ッ! 返事をせんかッ」
「あ、ああ、ハイッ」
司令官の叫ぶ数字の羅列が自分を指していることにようやく気付いたウシツノは、慌てて駆け寄り直立待機する。
「呼んだらすぐに返事をせんか」
「スイマセン」
「貴様の装備はだいぶ傷んでいる。明日までに装備課へ行き身なりを整えろ。女王陛下に恥ずかしい様を見せるんじゃないぞ」
「りょ、了解しました」
ったく、とため息を吐きながら司令官は自室へと下がった。
ウシツノも同じ気持ちで一息ついた。
ふとこちらを見つめる視線に気づく。
肩を叩いてくれた兵だ。
ウシツノよりも小柄な兵で、どことなく頼りない。
マスクを外し小脇に抱えたまま立っている。
「ああ、さっきはありがとう」
ウシツノの礼に小柄な兵はコク、と小さくうなづいた。
その顔はカエルのような人間のような魚のような、なんとも不思議な顔立ちだ。
「ああ、その、君、名前は?」
小柄な兵は首を横に振った。
「え、と、オレはウシツノだ」
小柄な兵は少し首をかしげながら、手にしたマスクの裏側を見せてくれた。
青06-2511砂、と書かれている。
「いや、認識番号ではなくて、本当の名前……」
青06-2511砂はまたしても小さく首を横に振った。
「うん……じゃあ、まあ」
ウシツノはそれ以上のコミュニケーションをあきらめその場を立ち去りかけ、足を止める。
「あのさ、装備課ってどっちかな?」
質問に青06-2511砂は右に伸びる通路を指さした。
「ありがとう」
歩き出したウシツノは思い止まりもう一度彼に振り向いた。
「ところでなんだけど、戦闘怪人になりたくて集まった人たちは今どこにいるか、わかる?」
ウシツノの質問に彼はいま一度大きく首を傾げ、しばらく黙ったまま宙を見据えると、左の通路を指さした。
「そっちか。ありがとう」
マスクをかぶりなおすとウシツノは左の通路を駆けだした。
彼が追ってはこないことを確認してからゆっくりとスピードを落とす。
「あいつ、一言もしゃべってはくれなかったな」
一連を思い出すとうすら寒さを覚え身震いする。
「オレもあんまり口を開かない方がいいのかもな」
とりあえず頼まれている青年を見つけることに専念することにして、ウシツノは目の前の階段を前に上がるべきか下がるべきかで悩んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方その頃、あの謎の剣士の言葉に従い西側エリアの第四層へやってきたバンだったが。
「むむむ……どれデシ?」
広い部屋に数十の寝台が並び、そのどれもに男たちが横たわっていた。
全員眠っていてつねっても叩いても目を覚まそうとはしない。
漁村の娘アーシに頼まれたネルスという青年を特定するのは難しそうだった。
「わっ」
バンは咄嗟に近くのベッドの下に隠れ潜んだ。
白衣を着た数人の男女が室内に訪れたためだ。
「適合に成功した者は何人だ?」
「三十九人のうち八人ほどです。いずれも体力に自信のあると言っていた若い者たちです」
男の質問に女の声が答えていた。
「ではその八人は女王陛下にお披露目して、残りはインスマス隊に割り振るように」
「はい」
「個人情報も破棄してよろしい。こいつらに過去の記憶は不要だ」
「どうせもう何も覚えておらんでしょう」
いやな笑い声を響かせながら、白衣の集団は呼び寄せた兵たちに指定した寝台の移動を命じる。
その数は八台。
キャスターのついた寝台が順番に運び出されていく。
そのひとつの裏側には必死に隠れながらしがみついているバンがいた。




